コロナ禍 アート市場に明暗 作品販売好調、美術館の客激減

制作に励む辻本さん。「美術市場は悪くない」と語る=長崎市賑町、アトリエタック

 新型コロナウイルス禍はアート市場にも及んだ。展示イベントの中止や延期、入場制限が相次ぐ半面、自宅で過ごす時間が増え、癒やしを求めて購入する人が増えた。長崎県内の画家の個展や地元ギャラリーでの売れ行きも好調。一方で、観光客激減のあおりを受けた施設もあり、明暗が分かれている。

 長崎市の洋画家、辻本健輝さん(32)はたびたび東京・銀座のギャラリーや百貨店で個展を開いてきたが、昨年春の感染拡大で一時途絶えた。今なお自身は上京を控えている。「対面で作品を解説できないのは残念だが、無理はできない」。ただ最近、取り引きのある画廊などの企画展で収入は大幅にアップ。「作品が心に響いたようで、うれしい。美術市場自体は悪くない」という。
 得意なモチーフは女性や花、金魚だが、コロナ克服への思いを込めた作品が新たな需要を生むことも。縁起物の松を描いて福岡の百貨店で展示すると「うちの病院にも」と依頼され、5月に幅3メートル超の大作を仕上げた。昨年第2子を授かり、家族を養うためにも画業への意欲は増すばかりだ。
 その一方で、主宰する3教室の合同作品展を5月に開く予定だったが、感染第4波で会場の県美術館が臨時休館になり、流れた。

 「お客さんが多くて不思議だった」。長崎市の画家、大澤弘輝さん(28)が4月下旬から約2週間、市内のカフェで個展を開くと、予想以上の人々が訪れた。抽象画などが普段の2倍近く売れ、指導する教室の問い合わせも増えた。「家にいる時間が長くなり、絵を飾って精神的な幸福を味わったり、自分に向き合ったりしたい人が増えたのかも」と推し量る。
 制作、教室、デザインの“3足のわらじ”で独身生活なら問題なく送れる。一方でこうも感じた。「画家の本分は制作だが、人に見てもらわないと生きていけない」

 同市常盤町の企画画廊「ギャラリーエム」。以前は月1回のペースで企画展を開いてきたが、感染防止のため昨年4月から10月まで自主的に休館した。それでも西村江美子代表は「コロナ禍が芸術家らをアトリエにこもらせた結果、絵画や立体作品が豊富に産み出され、売れ行きもまずまず」と明かす。
 コロナ禍の購買者心理を西村代表はこう読む。「経済的に困窮したり、外出自粛に疲れたり。心がすさんだ人は少なくないはず。ギャラリーは趣味の世界を楽しみながら心の安定を保ち、明日への活力を蓄えるためにも必要な場所」。荒天でも訪れる来場者らを見て、それを再確認したという。

 同市南山手町の長崎南山手美術館は、近くのグラバー園と大浦天主堂が4月下旬から閉鎖され、主要客層の観光客が激減した。経営者の妻、常川緑さん(72)は「お客さんがゼロの日も珍しくない」と頭を抱える。周辺では数軒の土産店が廃業した。
 近年、市内のギャラリーが減少していることもあって、館内貸画廊の利用希望者は多く、スケジュールに空きはない。ただ、コロナ禍では積極的に告知し集客するのを控えている。「夫婦で営み、従業員も雇っていないので何とか耐えてきたが、もう限界。この店を続けられるかは観光地長崎がにぎわいを取り戻せるか次第」

長崎南山手美術館(左)前の通りに観光客の姿はほとんどない=長崎市南山手町

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