事例重ね確かな仕組みに 第8部 識者に聞く (1)京大大学院教授 近藤尚己さん

 患者や地域住民が抱える貧困や孤立など健康に影響する社会的な要因に着目し、必要な支援機関や地域活動につなぐ「社会的処方」。京都大大学院教授で社会疫学や公衆衛生学が専門の近藤尚己(こんどうなおき)さん(46)は、社会的処方の制度化をいち早く提唱した。

 「2017年に地域保健を目指す医療従事者の研修で制度化を提案した。制度とは必ずしもお上(政府)によるトップダウンのシステムを意味しない。目指したいのはさまざまなステークホルダー(利害関係者)が力を持ち寄り、社会的処方が社会の中で持続的、効果的なものであり続ける仕組み。公共の意味を考え直す良い機会にもなると思う」

■モデル事業

 自民党の国会議員有志でつくる「明るい社会保障改革推進議員連盟」に学術アドバイザーとして関わり、社会的処方は同議連の提言書の3本柱の一つとなった。こうした動きを背景に厚生労働省は本年度、保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくりとしてモデル事業を行う。

 「ここでの成果が制度化の試金石になる。制度化に向けた最大の懸念は安易に全国的な制度をつくることで効果が弱かったり悪影響があったりする制度になること。専門職が制度を維持する業務に追われて本来の仕事ができなくなるなどの事態は新制度が立ち上がるたびに繰り返し起きている。これを避けるため、まずはモデル事業で活動の在り方を探ることを提案した」

 「社会が変われば社会的処方の取り組みの効果も変わる場合がある。一定の効果が期待できる仕組みをつくった後も評価を継続し、時代や地域の実情、社会保障制度の特徴に適合させていくことが必要だ」

 全国7府県で行われるモデル事業には宇都宮市医師会などの事業も選ばれた。

 「地域医療の最重要の担い手である医師会が手を挙げてくれたのは喜ばしく、全面的に協力したい。一方で他のモデル事業推進団体はアプローチが異なり、この多様さが非常に良い。さまざまなアイデアで取り組みを進める中で、効果的な制度のグランドデザインが見えてくるのではないか」

■共生社会へ

 社会的処方という新しい言葉が、医療従事者の地域共生社会づくりに目を向ける契機になると期待する。

 「健康は大切だが、人生の目的ではなく、手段。社会的処方も、究極的には一人一人が主体的に、共に生きる社会をつくることをゴールとしたい。医師は職務上処方という言葉になじみがあるため、社会的処方という言葉で伝えることが効果的だと思う」

 「一方、シンプルな言葉は誤解や副作用を生むこともある。だからこそ事例づくりから始め、事例を通じてインセンティブの付け方など全国展開に必要な条件を見いだしていくプロセスが必要だ」

 【プロフィル】2000年、山梨医科大(現山梨大医学部)医学部医学科卒業。ハーバード大公衆衛生大学院健康社会研究センター研究フェロー、東京大大学院医学系研究科准教授などを歴任し20年9月から現職。

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