全国高校野球長崎大会 開幕 「隻腕」の球児 ハンデ乗り越え最後の夏

創成館で高校野球をやり抜いた坂井。チームメートと一緒に甲子園出場を目指した後、パラリンピック出場という新たな目標に挑む=諫早市第2野球場

 8日に開幕する第103回全国高校野球選手権長崎大会。チームによってはベンチメンバーから外れ、大会前に選手として区切りをつけた3年生も少なくない。部員約120人の創成館の外野手、坂井陸剛(りくと)もその1人。先天性左前腕欠損のハンディがありながら、古里の五島市から強豪校の門をたたき、隻腕で投げて、打って、走って、やり抜いた。心身両面で成長した今、パラリンピック出場という新たな夢も描いている。
 2年3カ月前、練習着に記された名前の文字もずいぶんと色あせた。「想像以上にきついことがたくさんあったけど、絶対に負けたくないという気持ち、家族に恩返ししたいという思いで続けることができた」。身長184センチ、体重84キロ。一回り大きくなった体が、今までの並々ならぬ努力を表している。
 守備は右手で捕球した後、グラブを素早く左脇に挟み、再び右手でボールを投げる。打撃は右腕一本で振る左打者。創成館でなければ、この最後の夏もメンバーに入っていただろうと思わせるほどの能力だ。多くの規律がある寮生活や厳しい練習は、挫折、苦悩の方が多かったかもしれない。それでも「ここに来て良かった」と断言できる。
 自他ともに認める負けず嫌い。いつの日だったか、打撃練習で平凡な飛球を打ち上げたとき。「くそ」と声を上げて自らを責めた。仲間たちと同じメニューに必死に食らいついた。公式戦出場こそかなわなかったが、練習試合には何度も出た。1年時の紅白戦で右前へ引っ張った初安打、パワーアップを感じたフェンス直撃の打球…。「忘れられない」と喜びも味わってきた。
 入学後、島へ帰省したのは5回ほど。母の美穂子さんが振り返る。「練習へ“戻りたくない”とポロッと言ったこともあった。でも、次に試合を見に行くと、ちらっと目が合って笑顔を見せてくれた。本当はだめなんだろうけど、ちょっと手も挙げたりして…。それで安心した。私は応援しかできない。本当、負けずに頑張ってくれた」

保育園時代の坂井。幼いころから何でも積極的に取り組んできた=五島市

 強豪校でやり残したことがないほどやりきったから、大好きな野球は高校で“卒業”。次の目標は陸上の短距離とやり投げでのパラリンピック出場だ。「そんな人生、子どものころは想像もしていなかった」。そう驚く美穂子さんたちに「もっと成長した姿を見せたい」。日体大進学を見据えて努力を続けている。
 入学時に「特別扱いはしない」と言っていた稙田龍生監督も、教え子の姿に目を細める。「常にユニホームは真っ黒。激しい競争の中、諦めているなと感じる選手もいるけど、朝練でも何でも最後まで一生懸命だった。創成館野球部の誇りを持って今後も戦う姿は、仲間や後輩の励みにもなる。何らかの形で彼の名前は世に出てくる。そんな気がする」
 その自らの新たなステージに臨む前に、成し遂げなければならないことが一つ残っている。「甲子園に行きたい」。背番号はもらえなかったが、思いは常に仲間たちとともにある。今大会、チームは13年ぶりのノーシードながら、はい上がるだけの強さはつけている。
 高校最後の夏。何度も壁を乗り越えてきた右腕を、みんなと一緒に青空へ突き上げる。


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