【高校野球】「人より牛が多い町」から初の北北海道大会へ 故郷に戻った指揮官が起こした“奇跡”

北北海道大会出場を決めた別海高校ナイン【写真提供:NPO法人東北海道スポーツコミッション】

別海・島影監督は16年に就任、選手4人&マネジャー1人からのスタートだった

第103回全国高野球選手権大会北北海道大会(15日開幕、旭川スタルヒン)に選手15人の別海が初出場する。オホーツク海に面する別海町は11万頭以上の牛を飼養し、生乳生産量日本一を誇る人口約1万4000人の町。地元公立校の快挙に町は沸いている。

3日にウインドヒルひがし北海道スタジアムで行われた釧路支部Bブロック代表決定戦で、釧路江南を6-4で破った。2019年に秋季北海道大会を経験しているとはいえ、夏の勝利はやはり格別。島影隆啓監督は「いろいろな思いが込み上げてきて」と男泣きした。

16年4月の監督就任時は、選手4人とマネジャー1人からのスタートだった。決戦前夜、当時の様子をまとめたDVDを島影監督は選手たちに見せた。「弱かったけけど、あの頃から地区突破をするために一生懸命やっていたんだよ」という指揮官の言葉にうなずいた15人。先輩たちの思いも背負って勝利をもぎとった瞬間、ナインの目にも涙が溢れた。

武修館監督時代の10年夏に北北海道大会準優勝という実績を持つ島影監督が、地元の別海に戻ったのは13年秋。「いろいろあって、武修館を辞めて、もう2度と野球に関わらないつもりでした」と家業のコンビニでの仕事に没頭しようと考えていた。14年夏に武修館は初優勝。甲子園目前まで育てたチームを離れる胸中は、複雑だったに違いない。

そんな島影監督をグラウンドに引き戻したのは、現チーム唯一の3年生でエースの鎌田拓寿主将の父・正勝さんだった。「別海に引っ越した翌日に説得され、少年野球チームのグラウンドに連れて行かれました。一生懸命やっている姿を見たら、放っておけなくて」と中春別ジュニアホークスのコーチを引き受けた。15年秋の新人戦では、チームを初の北海道大会出場に導いた。当時の主力が、今の高校2年生世代だ。

鎌田さんの言葉がなければ、今もユニホームを着ていなかったという。「そういう方の息子と一緒に、初めての北大会に行く。運命的なものを感じます」と島影監督はしみじみと語る。

島影監督の人柄を慕って多くのスタッフが加わった

2年間少年野球のコーチを務めた後、別海の監督に就任すると、その人柄を慕って多くの人が協力してくれた。元たくぎんの選手で星槎道都大が17年明治神宮大会で準優勝した時にコーチを務めていた小澤永俊さんが、札幌から車で6時間かけて月1回技術指導に訪れる。星槎道都大などでトレーナーを務めた渡辺靖徳さんや武修館時代の教え子もスタッフに加わった。「何もない田舎のチームなのに、これだけ恵まれた環境は奇跡です」と島影監督は感謝する。

19年北海道大会に出場すると、翌春には大量10人が入部した。キーマンは別海町出身の松本詩龍内野手(2年)。明徳義塾中での3年間の修行を経て、当初の予定通り別海に入学した。「ムードメーカーでまとめ役」という松本が帰ってくるという話を聞きつけ、中学校で根室選抜チームを組んでいたメンバーが中標津町や羅臼町からも集結した。

人数が増えても、順風満帆とはいかなかった。全道大会を狙えるチームと自信を持って臨んだ昨秋は支部予選初戦で武修館に0-18と完敗。チームはバラバラになり、当時の2年生2人が退部した。「元々、夏は打てないと勝てないという考えでしたが、別海は体が小さい子が多いので、投手中心に守る野球でと思ってやってきました」と語る島影監督だが、思い切って方針転換した。

残った鎌田主将と1年生10人は冬場に徹底的に打ち込んだ。小澤さんが最新の打撃技術を伝授し、食事やウエートトレーニングにも本格的に取り組み始めた。その成果が実り、今大会初戦の連合チーム相手に13安打10得点で快勝。代表決定戦も相手より4本多い6安打を放ち、接戦を制した。

夏祭りでの神輿担ぎや、保育園での交流会、スケートリンクのペンキ塗り、町のスポーツフェスティバルへの参加など、地域との交流を大切にしてきただけに、今回の北北海道大会出場を町の人たちも喜んでいる。北北海道大会には、吹奏楽部が4年ぶりに応援に駆けつけることも決まった。「今年は小学校も中学校も高校も別海が管内で優勝したので、野球熱がさらに上がってくれたら」と指揮官は期待する。

初戦の相手は稚内大谷。「相手は常連校。名前負けせず、雰囲気に慣れてくれれば、勝負になると思います。出るだけではダメ。なんとか初戦を取りたいですし、“別海でやりたい”と思ってもらえるような試合をしたいですね。いつチームがなくなってもおかしくないですから」と島影監督は語る。北北海道大会での戦いぶりには、将来的な部員確保と部の存続も懸かっている。“別海フィフティーン”の熱い戦いが始まる。(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)

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