五輪開幕

 大切なお客さんが来る前には、誰だっていつもより丁寧に掃除をする。お茶やお菓子の準備は大丈夫か、そうだ、玄関に花を-と忙しい。少しでも好印象を、と考えるのは、見えっぱりとは異質の自然な感情だろう▲招致活動のあの決めゼリフを思い出している。満足のいく「お・も・て・な・し」には、もてなす側に余力が必要で、飛び切りの非日常イベントには、きっちりした日常の存在が大前提で…そんなことを今更のようにあれこれ考えている。東京五輪はきょう開会式▲誰が望んだわけでもなく、誰を恨みようもないコロナ禍の五輪である。開催は1年間延期された。だが、その1年でウイルスを巡る国内の状況が好転したとは言い難い。再延期や中止を望む世論は消えなかった▲考える。世論より誰よりこの五輪の難しさ、厳しさを感じているのは、準備の現場にいた大会組織委や政府の関係者のはずだ。なのに誰も疑問を口にしない、誰も答えない▲別の結論があり得たかどうかは分からない。しかし、自然な議論も意見の交換もなく、対話や説得や納得が拒否されたまま、五輪が本番を迎えたことは残念でならない▲気持ちを切り替えて楽しめたらいい。感動的な瞬間に出合えるといい。元気や勇気をもらう場面もきっとある。それでも失望は深い。(智)

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