知らないと相続手続きがこじれることも!遺言書を書く前に確認すべき2つのこと

自分にもしものことがあったときのために準備しておきたい遺言書。しかし、書き始める前に、確認しておくべきことが2つあります。もし、確認しないまま不完全な遺言書を作ってしまった場合、かえって相続争いが起こったり、手続きが煩雑になってしまったりすることもあるのです。


(1)相続対策において、ご自身が亡くなったと仮定したときの相続人は何人で誰なのか。
(2)現在の財産状況はどういうものなのか。

この2点がはっきりわからないと、間違った相続対策をしてしまう可能性があります。漠然と相続税や争いを避けるための対策を心配するよりも、先に「現状把握」することから始めましょう。

その1 私が亡くなったときの相続人はだれ?

遺言書を作成する前にまず確認するべきことは、「相続人」です。ここでは、想定外の相続人が発覚したケースを紹介します。

香川静子さん(仮名、80歳)は、金融機関で行った相続相談会に来られました。相談内容は、「息子が昨年亡くなり息子の嫁には私の財産を渡したくない。財産は、孫の美智子に全部渡したい。遺言書を書いたので、内容を見てほしい」ということでした。

お話を伺うと、ご主人を20年前に亡くし、今は静子さん一人で生活をしているとのこと。
静子さんの家族関係を整理すると、静子さん、静子さんのご主人(10年前に他界)、息子さん(昨年他界)の3人でした。また、息子さんは結婚されており、配偶者と子どもが1人(美智子さん)いるとのことです。

家族関係をお聞きしたあとに遺言書を拝見すると、自筆証書遺言として法律上の要件を満たしていないことが判明しました。静子さんには、今の遺言書は有効でないこと、そして、心配していた息子の嫁には相続権がないことをお話ししました。

相続人は美智子さん1人だと思われますが、静子さんの財産をスムーズに引き継いでほしいとの思いから公正証書遺言の作成に取りかかったのです。

調べると、息子に養子がいたことが発覚!

同時進行で静子さんの出生から現在までの戸籍謄本を取得し推定相続人の確認も行いました。

すると、息子の妻には離婚歴があり、前夫との間に子ども(学さん)が1人いました。この子のことは静子さんも知っていました。しかし、息子は結婚したとき、学さんを養子とする手続きをしていたのです。この事実を静子さんは知らなかったため、大変驚かれました。つまり、静子さんの息子は、戸籍上で美智子さんと学さん、2人の親になっていたのです。

すると、息子さん亡きあと、静子さんの推定相続人は、学さんと美智子さんの2人になります。当初、手続きをスムーズに進めるためにと遺言書作成にとりかかりました。しかし、学さんの存在によって遺言書作成が必須になったのです。

なぜ遺言書作成が必須となるのか

この状態でもし、遺言書を作成せずに静子さんが亡くなったとしたら、どうなっていたのでしょうか。

遺言書を作成していなかった場合、相続人全員で遺産分割協議を行い、静子さんの財産を誰がどのように引き継ぐのかを話し合うことが必要になります。今回の場合、学さん・美智子さんの2人で話し合いをすることになります。

実際には、静子さんが亡くなった時点で、学さん・美智子さんが存命かどうか最新戸籍を取得し確認します。学さん・美智子さんがご存命の場合は、連絡を取り、遺産分割協議ができる状態なのかを確認します。

遺産分割協議ができる状態というのは、判断能力があるかどうかということです。たとえば年齢が若くても事故や病気で意思疎通ができず寝たきり状態であったり、認知症等で自らが行った行為の結果を認識することができない状態であれば、「成年後見人」を選任しなければ遺産分割協議を行うことができません。

遺産分割協議が難しいとなると、静子さんの財産はその時点では誰も引き継ぐことができなくなります。その点、遺言書があれば、美智子さんは遺産分割協議を行うことなく、すべての財産を引き継ぐことができるのです。

推定相続人を正しく知ることが相続対策の第一歩

静子さんには調査した推定相続人の報告をし、遺言書の内容を再度確認しました。そうして無事、公正証書遺言を作成することができました。

今回、静子さんは、学さんの存在が分かっても遺言書の内容を変更するお考えはなかったので、そのまま進めました。しかし、場合によっては推定相続人の遺留分に配慮して遺言書を作成しなければ、争いを招く結果になる可能性があります。

このように、ご自身とは直接関係のないところで家族関係が変わり、結果としてご自身の推定相続人が思っていたものと相違することもあるのです。

「財産をどう分けるか」ということも大事ですが、その前にご自身の戸籍を取得して推定相続人を正しく知る。これが相続対策を行う初めの一歩になることでしょう。

その2 財産の棚卸をしましょう

もう一つ、確認するべきことは、自分の財産にどんなものがあるかです。

不動産、預貯金、有価証券、保険……頭の中に思い浮かぶものがいくつかあると思いますが、ご自身でお持ちの財産は、どんなものがあるか、把握していらっしゃいますか。一つずつ確認していきましょう。

(1)不動産
不動産は、毎年届く「納税通知書」で確認できます。納税通知書に記載のある不動産の名義も、自身の名義になっているかどうか、法務局で不動産の謄本を取得して調べてみてください。

(2)預貯金・有価証券
通帳や証券、キャッシュカードを全部出して机の上に広げてみましょう。今使用しているものとしていないものがあると思いますが、使用していない口座は解約しておきましょう。

転勤が多かった人は、特にいろいろな地域で口座を開設していることがあります。少額のまま残っていることもよくあります。これを残したまま亡くなると、口座の残高に関係なく相続手続きは必要になりますので、必要以上の手間と費用がかかります。

ネット銀行やネット証券に口座をお持ちなら、その情報は伝えるか、どこかに残しておきましょう。

(3)保険証券
医療保険や生命保険の証券がお手元にあるかどうか、どんな時に保険が支払われるのかを確認しましょう。特に生命保険の受取人は記載のままで大丈夫ですか。受取人がすでに亡くなっていたり、疎遠になっていたりしませんか。

他にも金銭価値のあるものは相続財産になります。

財産の棚卸によって引き継ぐ人の負担が軽くなる

今回のご相談者である静子さんは、財産の整理もしっかり行おうと決めていました。不動産は売却し、賃貸にお住まいです。預貯金も一つの銀行にまとめていました。

ただ一つ、生命保険の受取人が亡くなったご主人のままでした。棚卸をすることで、これを早急に発見し変更、もしくは解約するという行動に移すことができるのです。生前にできることをしておくことで、美智子さんの引き継ぐための負担は格段に軽くなります。

推定相続人の確認を行なう。財産の棚卸をして一覧表にまとめる。

この2点を理解したうえで、相続対策も遺言書も進めていくことをお勧めします。ご自身ですべてを調べ、まとめることが難しいとおっしゃる方々も多くいらっしゃいます。その際は相続の専門家にご相談ください。ご自身の「今の状況を知る」ことのお手伝いをいたします。

行政書士:藤井利江子

© 株式会社マネーフォワード