ハイパーカー規定で“戦略”要素が復活。ル・マンの直線でキーとなる“マニュアル・コースト”【中嶋一貴&小林可夢偉インタビュー】

 8月16日、トヨタGAZOO Racingから2021年のWEC世界耐久選手権第4戦/第89回ル・マン24時間レース(8月21〜22日決勝)に参戦する中嶋一貴と小林可夢偉が、ル・マン現地からリモート形式の記者会見で日本メディアの質問に答えた。

 今季、ル・マンを含むWECのハイパーカークラスにトヨタが投入したル・マン・ハイパーカー(LMH)規定の新型マシン、GR010ハイブリッドでのサルト・サーキット初走行となった15日のテストデーを振り返るコメントの中からは、昨年までの規定=LMP1時代とは少し異なりそうな“戦略”の存在が見えてきた。

■グリッケンハウスは「立ち上がりからエンドまで、総じて速い」

「TS(030/040/050ハイブリッド)もそうでしたけど、やっぱりル・マンで走るときが一番クルマのパフォーマンスを発揮できるというか、運転していて『やっぱりル・マンを走るために作られたクルマなんだな』と思うくらい、他のサーキットと比べて良いフィーリングで走れました」

 GR010ハイブリッドでの初走行となったル・マンについて、8号車をドライブする一貴はそう口にした。LMHでは単一仕様となる空力についても、“最大のターゲット”となるコースで想定どおりのパフォーマンスを発揮できている、ということでもある。

 昨年、レースウイーク最初のフリープラクティス1でTS050ハイブリッドがマークしたベストタイムは3分21秒台。今年のテストデーにおけるGR010ハイブリッドのベストタイムは3分29秒台と、走り出しのセッションで比較すると8秒程度タイムは遅い。

 もちろんこれはLMHの規定により、LMP1比でパワーの削減や重量の増加があったためだが、7号車をドライブする可夢偉は現状のタイムを「このカテゴリーの基準」と表現、事前のイメージどおりだという。

「去年と大きく違うのが、ガソリンを積んでいる量。去年が(1スティントの最大規定量が)35kgくらいだったのが、今年は(満タンで)65kgとかになるんです。予選でこれ(燃料)を減らしたらどうなるのか。バッテリーを使える容量は去年より減っているので“クオリファイ・モード”は基本的にはないのですが、その代わり今年は重量を軽くできる(幅が大きい)。そこが、とても興味深いところです」(可夢偉)

 可夢偉のこのコメントは、彼らがまだ本格的な予選シミュレーションを行なっていないことも示唆している。

 また、一貴によれば、パワーと車重の規定変更から、昨年に比べてもっとも違いを感じるのはやはり加速区間だという。

「去年は、ポテンシャルをフルに使っている瞬間は1000馬力以上あったのが、今年はコンスタントに600何馬力で走っている状態なので、やはり加速区間のラップタイムが一番大きな違いです。でも、タイム的にはこれくらいの違いがあるのがハイパーカーのルールだと思っています」と、こちらもパフォーマンスダウンとラップタイムの低下は、イメージどおりにリンクしているようだ。

 ちなみに一貴はグリッケンハウス・レーシングのノンハイブリッドLMH、グリッケンハウス007 LMHと、テストデーのコース上で何度か遭遇したという。テストデーのトップタイムを奪ったグリッケンハウスとGR010ハイブリッドの違いが気になるところだが、「基本的に、コーナーの出口からストレートエンドまでは、総じて向こうの方が速い」と一貴。

「最初のうちはコーナーで苦労していたようですが、コンディションが良くなってくると向こうも仕上がってきて……基本的にはコーナーとブレーキングはこちらの方が少しいいのですが、コーナーの脱出からストレートエンドまでは総じて向こうが速いので、もしバトルになって(彼らが前にいて)相手がこっちをフタしようと思ったら、いくらでもできてしまう」

「実際、ラップタイムも近いですし、できれば僕が乗る時は近くにいて欲しくない、というのが正直な感想です(笑)」

テストデーでグリッケンハウス007 LMHと接近した状態で走行する8号車GR010ハイブリッド

 テストデー時点のBoP(性能調整)は前戦モンツァから実質的には変わっていない。今季はグリッケンハウス、そしてLMP1マシンのアルピーヌA480・ギブソンと接戦となる場面もあるが、テストデーを終えた段階では「どのチームもまだ手の内を見せていないと思う。本戦になってみないと分からない」(一貴)という状況だ。

「正直、いまの段階で周りはあまり気にしていません。それよりも自分たちがちょっとでも(クルマを)良くできるかという部分に個人的には集中してやっています。この先、路面コンディションもすごく変わっていくし、そこをしっかり見ながらレースに向けて合わせ込んでいく作業をやっていければと思います」と可夢偉も冷静に語っている。

■遅くなっても「トラフィックは心配していない」理由

 決勝に向けては、これまでとアプローチが異なりそうな部分もある。LMP1ハイブリッド時代は、1スティントに使える燃料量、そして1周に使える燃料エネルギー量が規定されており、たとえば昨年のル・マンでは1スティント11周を厳格に守る必要があった。

 また、規定のエネルギー量を超えないようにするため、各ストレートエンドなどでプログラミングされた“リフト&コースト”(ブレーキングポイントよりも前でアクセルを戻し空走すること。トヨタは“フューエルカット”と呼ぶ)を行なったり、トラフィック処理のためにパワーを一時的に使った際には、直後にフューエルカットを行なって調整することなどが必要だった。

 ところが、LMHでは1周あたりのエネルギー量規定はなく、1スティントの長さにも幅を持たせることができる。これが影響してくるのは、まずはトラフィックの処理だ。今季は下位クラスとのラップタイムが接近したことで「抜きづらくなる」というイメージがあるが、実際にはトラフィック処理は楽になる方向だという。

「自分たちのラップタイムが10秒くらい遅くなるということは、抜くクルマの量(回数)が減るじゃないですか。だから、僕としてはロス(する機会)が減るのかなと考えています。フューエルカットもないので、僕らもブレーキング勝負ができる。そういった意味で、トラフィックに関してはあまり心配していないですね」(可夢偉)

 ただし、自動のフューエルカットは入らなくても、ドライバーが自らリフト&コーストをして燃費を稼ぐ場面は「多々ありそう」(一貴)だという。

 その理由を可夢偉はこう説明する。

「去年はスローゾーンが導入されて燃料が余っていたとしても、11周で絶対にピットに入らなければいけなかった。でも今年は燃料をセーブすればするほど、1スティントの長さを伸ばせるんです」

「となると、燃料を使って速く走った方がいいのか、セーブしてスティントを伸ばしてピット回数を減らした方がいいのか、そこは結構戦略的な要素になる。毎スティント1周違うとしたら、24時間トータルでは1〜2回ピット回数が変わってくる。それはデカいなと、個人的には思ってます」

 他のコースと比べストレートエンドが高速となるサルト・サーキットでは、「ブレーキング直前の多少の燃料カットがラップタイムへ及ぼす影響は、かなり小さい」(一貴)ため、“マニュアル・コースト”によって燃費を稼ぐ耐久レースならではの戦略が、今年はひとつのカギともなりそうだ。

 実際、今季第2戦ポルティマオ8時間レースでは、序盤に分かれたトヨタ2台の燃費戦略が終盤の燃料スプラッシュの有無に影響を及ぼしている。ル・マンでは決勝スタート後、ライバル勢のラップタイムやスティントの長さも見極めながら、その都度最善かつミスの許されない選択をしていくことが重要になりそうだ。

7号車GR010ハイブリッドをドライブする小林可夢偉

■「どれだけ準備しても何かが起こり得るのがル・マン」

 第3戦モンツァで2台双方に発生した複数のトラブルについては対策を施してきているが、一方でこのレースの難しさと厳しさはふたりとも身に染みて味わってきていることもあり、レースウイークに向けて決して楽観的な見方はしていない。

「不安じゃないかと言われたら、もちろん不安ではあるんですけど、今回は絶対に起きないように、という取り組みをしてきました。ドライバーの部分でも、何かが起きたときにできるだけ早くリカバーできるようにとか、確実にレースに復帰できるようにというマニュアルを、もう一回作った。レースなので『絶対に起こらない』ということはない。そこも含めて、チームとコミュニケーションをとって対策をしてきています」(可夢偉)

「今年で10回目のル・マンになるんですが、不安がある状態で臨むのは毎年変わりませんし、どれだけ準備しても何かが起こり得るのがル・マンだと思っています。今年は新車ですし、去年までより何かが起こる可能性は高いと思っていますが、できる限りの準備をすること、それしかないと思います」(一貴)

 画面越しのふたりの表情や話し方は、通常のWEC戦でのリモート取材とほとんど変わらず、落ち着いてリラックスしているように見えた。ただ、いつもよりは少しだけ、大一番にかける“熱量”が滲み出ているようにも感じられた。

8号車GR010ハイブリッドをドライブする中嶋一貴

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