転職で一度退職金をもらった57歳会社員。iDeCoで損をしない受け取り方は?

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。
今回の相談者は、57歳・会社員の女性。44歳からiDeCoに加入している相談者。46歳の時に、転籍により一度退職金を受領しているため、節税になるiDeCoの受け取り方を知りたいといいます。税理士の伊藤英佑氏がお答えします。

57歳、個人事業の従業員です。

28歳に入社し46歳のとき転籍となり、退職金を570万受領しています。個人事業の従業員で国民年金しかないため、44歳からiDeCoで6万5,000円積み立てし、60歳では1,600万くらいにはなりそうです。60歳で退職金は150万見込みです。60歳から65歳までは毎年の契約で賞与も退職金もありません。

その他、55歳から65歳は個人年金保険で毎年90万くらい受けとっています。この場合の、60歳以降の節税になる受け取り方が知りたいです。

転籍のため退職金控除の年数が14年しかなくなってしまい、iDeCoとの計算の仕方が複雑でよくわかりません(いろいろ検索はしましたが理解できませんでした)。学生時代の国民年金未納があるので、任意加入で62歳まで伸ばすことはできます。一度退職金を受領したため勤続期間が短くなり、かなり損になってしまうのでしょうか。

【相談者プロフィール】

・女性、57歳、独身、個人事業の従業員

・毎月の世帯の手取り金額:27万円

・年間の世帯の手取りボーナス額:90万円

・現在の貯金総額(投資分は含まない):7,000万円

・現在の投資総額:1,000万円

・現在の負債総額:0円


伊藤:ご相談ありがとうございます。

iDeCo(個人型確定拠出年金)の受け取り方は、一時金として一括で受け取るか、年金として分割して受け取るかによって税金が変わってきます。さらに、一時金の場合は退職金の受け取り時期や、年金の場合は他の公的年金の受け取りによっても税金は変わってきます。複雑で様々なパターンがあり、詳細に説明すると難しく長くなりますので、ここでは要点だけ解説したいと思います。

なお、iDeCoは、加入期間中に拠出した掛金が全額所得控除され課税所得が減り、その運用益も非課税となる制度です。これまでは60歳まで掛金拠出が可能で、70歳までに受け取る(分割の場合は70歳までに初回を受け取る)という制度でしたが、2022年の法改正で65歳まで積み立て可能になり、受給開始年齢も現在の60〜70歳から60〜75歳まで拡大される予定です。ご相談者が60歳を迎える時には法改正されている見込みですので、改正後の制度を前提に検討しています。

相談者のケースでのiDeCoの最適な受け取り方は?

本ケースは、税金計算が複雑なため、結論の所見を先に申しますと、ご相談者の場合、基本的には60歳で退職金と一時金で受け取る場合のほうが、年金形式で受け取るよりも手取り合計は多くなりそうです。年金形式の場合は他の公的年金との合算で税金も変わりますが、簡易試算では一時金の方が20万円ほど全期間トータルの税金が少なくなりそうです。

一時金での受け取りを前提に考えて、退職金を60歳で受け取り、iDeCoの掛け金拠出や一時金受取を最大に延ばし、75歳時に一時金受け取りにすると、非課税での運用成果による増減もありますが、税務上も有利に受取額を最大化できる可能性が見込まれます。

あるいは、可能性の話ですが、もしも事業主側が可能であれば、退職金受給を65歳などにでき(正確には46歳の受け取り時から丸14年間経過後に受給する)、同年度にiDeCoの一時金を受け取れば、退職所得控除の重複による除外がなくなりますので、税務上はより有利に受け取れます(説明は後述)。

ご質問の「一度退職金を受領したため勤続期間が短くなり、かなり損になってしまうのでしょうか」という点は、確かに46歳時点で退職金をもらわず、60歳で前回退職金とiDeCoを全て合わせて受け取る形が取れていれば、退職所得控除の計算で転籍前の勤続年数を含め控除が使えるので、それが一番得ではありましましたが、今から戻れないので致し方ないかと思います。

一度退職金をもらってから14年以内にiDeCoの一時金を受け取ると損になる

本ケースでは、会社からの退職金とiDeCoの受け取り時期により、退職所得控除に重複期間の影響があります。

複雑な部分があるので、お調べになったものの分からなかったということですが、退職金をもらってからiDeCoの一時金まで14年間(前年以前14年以内に退職金受領)までは、勤続年数(iDeCo加入期間)の重複期間の年数は退職所得控除から除外されます。前回46歳時に受領した退職金から14年間離して受領すればこの影響はなくなります。最大の注意点は、現業事業者の退職金を受けた数年後などにiDeCoの一時金を受け取ると、iDeCoの退職所得控除でほとんどが重複期間になり税務上かなり不利になりますのでご留意ください。

一般論としては、事業者からの退職金とiDeCoの一時金は退職所得の計算では合算しますので、例えば事業者からの退職金で退職所得控除を使い切るとiDeCo分の税負担は大きくなりますが、相談者は事業者からの退職金は150万円と退職所得控除よりかなり少ないことが見込まれるため、この心配は少ないでしょう。

具体的には、60歳での退職金受け取り時には、前回46歳のときの退職金受け取りがありますので、44歳から46歳までの退職所得控除の重複期間の控除額減の影響は、2年数ヶ月と見た場合に年未満切り捨てになりますので、40万円×2年の80万円です。この分が退職所得控除から引かれてしまいますので80万円×1/2×税率分(退職金の金額を考慮すると所得税率20%想定)で約8万円+税率10%の住民税4万円で、約12万円ほど不利になりそうです。

上述の通り、前回の退職金から14年間以上離して現事業者からの退職金をiDeCoと同年度に受け取ると控除額減の調整はなくなります。60歳で現事業者から退職金をもらい14年間経過した75歳でiDeCoの一時金を受け取ると退職所得控除の計算という点からは有利になります。

拠出期間を延長し、一時金受給を後ろ倒しするのもあり

また、絶対の正解はなく完全な私見ですが、私が相談者の立場でしたら、手元に7,000万円という金融資産があり、特別な事情がなければiDeCoの受け取りを急ぐ必要もないので、拠出期間を最大化し65歳まで延長し、一時金受給を最も後ろの75歳にするという選択を考えるかもしれません(年金受給での併用も検討するかもしれません)。

これは非課税運用期間をより長期にして生涯での手取り総額を最大化しようという積極的な選択ですので、運用リスクの不確実性や前提となるその他の要因、まとまったお金をいつ得たいかという老後の生活設計などを踏まえて慎重な検討は必要です。

場合によっては一時金と年金の併用も検討されてもいいでしょう。投資運用リスクを避け、早めに一時金を受け取りたいのであれば、退職所得控除の重複期間は仕方ないので60歳で現事業者からの退職金と同年度に受け取るのがいいでしょう。

iDeCoの受け取り方と税金の基本

iDeCoは一時金として一括で受け取るか、年金として分割して受け取るか選択でき、またその2つを組み合わせて一部を一時金として受け取り残りを分割で受け取るということも可能です。

【iDeCoの受け取り方3つ】

(1)老齢一時金:一時金として一括で受け取る
(2)老齢年金:5年以上20年以下の有期年金として分割で受け取る
(3)併用:老齢一時金と老齢年金を併用する

受け取り方の選択により所得税の課税形態が異なり、掛かる税金が変わってきます。

【iDeCo受け取り時の所得税】
一時金:退職所得(分離総合課税:他の給与所得等とは合算しないで総合課税の税率が適用)
年金:公的年金に掛かる雑所得(総合課税)

【退職所得にかかる税金の計算式】
(収入金額 – 退職所得控除額) × 1/2 = 退職所得の金額
退職所得の金額 × 総合課税の税率 = 退職金に掛かる所得税

ポイントは、退職所得控除を引き、1/2と半分になり、総合課税の税率は他の給与等と合算しないで退職所得のみで計算するということになります。

【退職所得控除額の計算式】
・勤続年数(iDeCoの場合は加入期間)をAとして、
Aが20年超(本ケースでは該当しません)
→ 800万円 + 70万円 × (A – 20年)
・Aが20年以下
→ 40万円 × A (80万円に満たない場合には、80万円)
*他の退職金受給との重複期間調整は後述

【公的年金等の雑所得の計算式】
公的年金等の雑所得=収入金額-公的年金等控除額

収入金額は国民年金・厚生年金とiDeCoの年金受給の合算になります。iDeCoは最大20年間にわたって分割で受け取る事が可能であり、初回を70歳までに受け取り開始にすれば構いません(法改正後は75歳までに初回開始)。そして分割での受け取りは国民年金や厚生年金と同様に公的年金扱いとなり、所得の種類としては雑所得という扱いになります。

公的年金等控除額は、年金収入に応じて計算式があり控除額が変わります。公的年金等控除額により65歳未満は年60万円までは非課税、65歳以上は年110万円までは非課税になります。

退職所得控除は、他の退職金の前回受給との間の期間に注意が必要

以上の計算式の通り、退職所得の計算で、退職所得控除は勤続年数によって控除金額が変わります。退職金を複数の勤務先からもらう場合には勤続年数の重複期間を調整するルールがあり、iDeCoにもそれが当てはまります。ルールの詳細は複雑なのでご相談者の事例に絞ってご説明すると、以下のような点が重要です。

●事業者から退職金をもらってから翌年以降にiDeCoの一時金をもらう場合
14年間を開けなければ、後にもらうほうのiDeCoの一時金は勤続期間の重複期間の分が勤続年数から除外されます。ご相談者の場合、44歳からiDeCoに加入し、46歳で前職の退職金を受け取っているので、60歳でiDeCoの一時金をもらう場合、勤続年数は16年間ではなく前職との重複期間の2年間が除外されます(年数未満の調整により正確な計算をする際はご留意ください。退職所得控除額の「勤続年数」は、通常は1年未満を切り上げます。重複期間の場合は、1年未満切り下げとなります)

●退職金とiDeCoの一時金を同年度にもらう場合
退職金とiDeCoの一時金を合算し、勤続年数と加入期間のうち長い方を勤続年数として採用して、先ほどの合算金額に当てはめて計算をしていきます。

●先にiDeCo一時金を受け取ってから翌年以降に退職金を受領する場合
4年間を開けなければ後にもらうほうの退職金は重複期間の分が勤続年数から除外されます。複数社から退職金をもらうような場合、4年間の間に受領すると調整があります(退職金→iDeCoの順番の場合は上記の14年が適用)。

以上、本件ではパターン分けなどが複雑で難解ですが、受け取り方の方法などで税金の損得が生じます。税務上で思わぬ損をしないように、受け取り時に正確に計算シミュレーションを行い、その他の生活上の事情なども勘案し、どうするのが良いかを決められるのが良いでしょう。

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