対馬の国有林にチョウ保護区 幼虫、成虫を繁殖 学びの場にも

ツシマウラボシシジミの成虫。羽に黒い斑点があるのが特徴(対馬市自然共生課提供)

 セミの鳴き声が四方から響く。8月2日朝。長崎県対馬市峰町の国有林に、県立対馬高で、環境問題を学ぶユネスコスクール部の生徒たちが集まった。手にはスコップと、植物の株。「きつい」「重い」。汗をぬぐいながら地面に穴を掘り、草を植えていく。
 ここは対馬固有のチョウ「ツシマウラボシシジミ」の保護区。生徒たちが植栽しているのは、このチョウが産卵場所にしたり、幼虫の食料になったりするヌスビトハギやケヤブハギなどといったマメ科の植物だ。
 ツシマウラボシシジミは絶滅危機にひんしている。島内で増え過ぎたツシマジカの食害によってこうした植物が食い荒らされ、生息環境が悪化しているためだ。この国有林もまた、下草がほとんどなく、地面はスギの枯れ葉で覆われている。無論、チョウの姿など見当たらない。
 生徒らはこの日、221株を植えた。2年生部長の加藤愛音さん(17)は言う。「今は緑が少ないけど、いつかチョウが食べ物に困ることなく、元気に羽ばたく場所になってほしい」
 ツシマウラボシシジミは大きさ1センチほどの小さなチョウ。対馬北部にのみ分布し、羽の裏に黒い斑点がある。沢沿いのスギ植林地などに生息している。
 以前は子どもたちが網で捕まえるなど、どこにでもいる、さほど珍しくないチョウだった。それが2000年代後半を境に激減。主な原因は、島内で増加するツシマジカによる食害だ。
 シカの島内推定生息数は昨年度時点で、4万1700頭。対馬市の人口よりも1万以上も多い。対馬市自然共生課の神宮周作係長は「シカの食害に伴うツシマウラボシシジミの減少は、対馬の自然環境における急激な変化を象徴している」と憂う。

■危機

 関係者に衝撃が走ったのは12年。日本チョウ類保全協会と市が市内で実施した調査で、ツシマウラボシシジミは1匹も見つからず、一時は絶滅したと思われた。翌13年の再調査で6匹ほどの成虫が1カ所で発見されたが、今では環境省のレッドリストで最も絶滅危険度の高い「IA類」に分類されている。島内に90~100頭程度しかいないツシマヤマネコと同レベルだ。
 事態を重く見た市は13年から、上県町の2カ所(民有林1、市有林1)にチョウの保護区を設置した。東京大や環境省の協力のもと、足立区生物園(東京)でチョウを飼育繁殖する「域外保全」にも着手。保護区に草を植栽したり、繁殖に成功した幼虫や成虫を放ったりしてきた。

■整備

 ただ、民有林が所有者の意向で現状変更されたり、市有林も土地の広さに限りがあったりして制約が多かったため、市は林野庁に保護区の設置を依頼。今年5月、同市峰町の0.1ヘクタールをシカ防止の柵で囲って整備した。
 神宮係長は「国有林は(民有林と違って予定外に)現状変更されることもない。森林管理のプロが管理する場所を利用できるのも心強い」。以前、チョウの乱獲目的の来島者が確認されたこともあり、詳しい場所は公にしていない。

■定着

 高校生らによる植栽活動などの効果で、現在、新しい保護区には下草が生え始めている。チョウが安定して育つ環境になるには2、3年程度かかる見通しという。林野庁や市は、子どもたちが島の環境問題を学ぶ場所として活用しつつ、保護区を随時拡大したり、別の場所に増設したりすることも検討している。
 シカ対策だけでなく、チョウの乱獲や無秩序な森林開発を防ぐため、市民らの理解を深める必要もある。神宮係長は「野外で安定的な個体群を確立することが目標。昔のように屋外にチョウがたくさん飛んでいる状況をつくりたい」と将来を見据えている。
 
 対馬市と林野庁は本年度、市内の国有林にツシマウラボシシジミの保護区を設置した。固有種を維持するため、国有林に保護区を設定するのは県内初。チョウが生息する環境の“復活”に期待がかかる。

ツシマウラボシシジミの幼虫(対馬市自然共生課提供)
国有林に設置された保護区で植物の株を植える生徒たち=対馬市峰町

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