「ART」(1960年・アーゴレコード) 優等生が生み出した名盤 平戸祐介のJAZZ COMBO・5

「ART」のジャケット写真

 ジャズの歴史は、破天荒なアーティストたちによって作られてきたと言っても過言ではありません。薬物依存症だったことで知られるマイルス・デイビスをはじめチャーリー・パーカー、バド・パウエル、ジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクなどなど。彼ら一流ミュージシャンの多くは素行が悪かったと伝えられています。
 ところが例外的に優れた作品を生み出す優等生もいます。その代表格がトランペッターでフリューゲルホルン奏者のアート・ファーマー。見た目はこわもてですが、きまじめで温厚そのもの。今回紹介するアルバムはそんな彼の1960年録音の作品「ART」(アーゴレコード)です。
 トランペットのワンホーン作品ですが、表現力豊かに奏でられるフレーズからは、一音一音と丁寧に向き合う真摯(しんし)な姿勢がうかがえます。何の野心もなく、「ただジャズが好き」という無垢(むく)な気持ちも伝わってきます。「名盤請負人」の異名を持つピアニスト、トミー・フラナガンの参加も見逃せません。
 ファーマーは、50年代初頭からジャズシーンで頭角を現し、多くのアーティストに慕われました。その性格からか彼の先輩格だったデイビスが、金に困って楽器を質に入れてしまった時でも、愛用している自分のトランペットを快く貸していたそうです。
 ところがデイビスは、ライブやレコーディングのタイミングがファーマーと重なると「なぜ自分に楽器を貸さないんだ?」と悪態をつきます。それでもファーマーは、ジャズ界で金字塔を連発するデイビスに強く憧れ、いつも一緒にいました。自分の愛器を質に入れられないか心配だったかもしれませんが…。
 「ART」で一人前のミュージシャンとして飛躍したファーマーは60年代後半、ウィーンに拠点を移します。トランペットから、優しく温かい音色が特徴のフリューゲルホルンに楽器を持ち替えて、ワンアンドオンリーな奏者になっていきます。その転換期に彼の作品のリリースを手掛けたのが日本の「East Wind」というレーベルでした。海外から「きまじめ」と評される日本人とファーマーは、きっと相性が良かったのでしょう。
 (ジャズピアニスト、長崎市出身)

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