ドキリとする石のプレート 大火災火元跡地の守り神

神社の存在を知らせるために作られた石のプレート=長崎市

 「大火災火元跡地」。長崎市上町のバス通りで、ドキリとする石のプレートを発見。その奥に続く路地の先に神社がひっそりたたずんでいた。
 近くに掲げられた説明書によると、火災があったのは、付近が小川町と呼ばれていた1838(天保9)年4月4日。個人宅から出火して市中に延焼し、翌日まで燃え続けた。1300軒以上が焼失、6人が死亡。のちに火元跡地に神社が建立されたという。
 「もうここから火事が出ないよう願って建てられたのかな。この町の守り神よ」。神社の存在を知らせようとプレートを作った小川町自治会の中山正樹会長(66)が教えてくれた。約180年を経た今も4月4日には慰霊祭を開いているそう。地域の伝統が路地の先に息づいていた。

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