第七十七回「今なおどこまでも自然体の佐野元春を聴いて初心に戻る」

想い出の音楽番外地 戌井昭人

どういうわけだか、佐野元春を無性に聴きたくなるときがあります。中学生のときによく聴いていたからなのかもしれません。だから聴いていると、淡い思い出というか、中学時代の間抜けで、情けない思い出がたくさん蘇ってくるのです。 わたしが通っていたのは、東京都下の中学で、時代的に、まわりはヤンキーばかりでしたから、佐野元春を聴いている生徒はほとんどいませんでした。そんなこんなでわたしは、皆とはちょっと違うという気持ちで聴いていたのもあります。 当時、よく聴いていたのは、発売されたばかりの『Cafe Bohemia』というアルバムでした。これを聴きながら、ボヘミアとはどう意味だ? などなど、佐野元春を探っていくうちに、アレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックなど、ビートニクのことなども知っていくのでした。つまり、わたしのビートニクの先生は佐野さんでもあります。 このような感じなので、いまだもって佐野元春を聴くと、若き日のことを思い返して、「もっと、ちゃんとやらなくちゃ! なにやってんだ俺は!」と思えてくるのでした。 しかしながら、自分では認めたくないけれど、人間はどんどん枯れていくものです。だから佐野元春を聴きたくなるときは、自分の枯れ具合があらわになってきたときでもあるようです。佐野元春を聴いて初心に戻る。 いまだ現役バリバリの佐野さんには、本当に恐れ入ります。なんというか枯れた感じがまったくないのが驚異です。ロックンローラーは歳をとると、派手な服を着たり、体を鍛え直したり、年に抗っていく感じが見えてくるけれど、佐野さんは、どこまでも自然体です。もちろん、自然体のために、人知れず努力をしているのかもしれませんが、良い意味で、その努力が微塵も見えないのが凄い。 佐野さんは、若きに日に熱くなったロックンロールを単純に続けているだけなのかもしれないけれど。続けるというのはやはり容易ではありません。人生、いろんなつまずきがあるけれど、それでも前に倒れながら進んでいくのだと教えられているような気がします。このような感じで、自分は現在、糞詰まりのような状態なので、佐野元春を聴いて士気を高めようと思っています。『Cafe Bohemia』の中にある「STRANGE DAYS」という曲は、若き日に聴いて、とても感銘を受けたことを思い出しました。「あの光の向こうに突き抜けたい、闇の向こうに突き抜けたい……」 学生時代、浅草の団子屋でアルバイトをしていたとき、佐野さんが、店の前を歩いていて、焼いた団子を急いで持っていき、渡したことがあります。そのとき佐野さんの「ありがとう」がとても自然体で素敵だったのを覚えています。

戌井昭人(いぬいあきと)

1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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