聞く力

 目の前の相手が黙り込んでしまった。彼女は考える。〈今、お相手は、ゆっくりと考えているのだ。そのペースを崩すより、静かに控えて、新たな言葉が出てくるのを待とう。その結果、思いがけない貴重な言葉を得たことがたくさんありました〉▲こと「聞く力」においては、自民党の新総裁よりもずっと“先輩格”である。インタビューの達人として名高い作家の阿川佐和子さんのベストセラー「聞く力」が出版されたのは2012年▲〈伝えたいことがある場合も、重要なのは先に相手の話をきちんと聞くこと〉〈自分に関係ない内容でも、面白がって聞くのが正解〉。私たち記者の仕事も「聞く」と「書く」でできている。引用しながら背すじが伸びる▲さて、小さなメモ帳を相棒に「さまざまな声を聞いて」激戦を勝ち抜いた岸田文雄氏。週明けの首相指名を前に、党執行部と内閣の陣容が固まりつつある▲総裁選では古参幹事長の長期支配に“反旗”を翻し、党運営刷新の必要性を強く訴えた。しかし、後任に据えたのは「政治とカネ」で大臣を辞め、表舞台を離れていた人物。改革姿勢にさっそく黄信号▲岸田氏の聞く力は今、専ら首相経験者2人の言葉に注がれているらしい。まだ戦後処理と助走の期間、真価の見せどころはこの先に-と信じつつ。(智)

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