被爆樹木2件を新規指定へ 有馬さん宅の”アラカシ” 亡き母に思い重ね

「母はいつも『一緒にやけどしたね、きつかったね』と木に語り掛けていた」。新たに被爆建造物等に指定される見込みのアラカシを見守ってきた有馬さん=長崎市千歳町

 長崎市原子爆弾被災資料審議会は16日、アラカシ(同市千歳町)とカキノキ(同市三原2丁目)の樹木2件を、保存や活用方法を定める「被爆建造物等」のCランクにすると承認した。これを受け市が正式に指定する見込みで、新規指定は2003年以来18年ぶり。自宅庭でアラカシを守る有馬紀美子さん(87)は「被爆した母はいつも『一緒にやけどしてきつかったね』と木に語り掛けていた」と思いをはせる。
 アラカシは推定樹齢90年以上。爆心地から1.8キロ地点にあり、原爆の影響とみられる外傷が多く残る。当時11歳で西浦上国民学校6年の紀美子さんは、倒壊した自宅の下敷きになりながらも軽傷で済んだが、母ツギさん(1988年に94歳で死去)は近くの畑で熱線を浴び、顔や肩、腕などに重いやけどを負った。
 戦後しばらく、体のケロイドを気にして「私と一緒だと恥ずかしいだろう」と娘らと外出したがらなかったツギさん。傷ついても生き続けるアラカシを大切に育て、雨の日や寒い日に「頑張ろうね」と声を掛けたり、「きつかったね」と言って幹をなでたりしていた。紀美子さんは「母は(被爆の)痛みは誰にも分からんと言っていた。苦しい気持ちのはけ口がなかったのだろう」と推し量る。約30年前に自宅をマンションに建て替えた際も、アラカシは残した。
 一昨年、「母が守った木を残したい」と市に相談。樹木医らの調査を経て、被爆建造物等と認められた。Cランクには保存のための公的補助はないが、被災資料として説明板などを設置できる。
 一方、カキノキは推定樹齢200年で、爆心地から2.1キロで被爆した。この2件が指定されると、被爆建造物等に含まれる被爆樹木は32件となる。

新たに被爆建造物等に指定される見込みのカキノキ=長崎市三原2丁目(同市提供)

© 株式会社長崎新聞社