【中原中也 詩の栞】 No.32 「曇つた秋 2」(生前未発表詩)

猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣りの空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆつたりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであらう……

あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の蔭(かげ)で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた――

      

【ひとことコラム】秋の夜に響く猫の鳴き声。恋の季節とは違った哀切でしっとりとした調べが、孤独な詩人の心に沁みとおります。足が冷たい石に触れていると想像するのは、猫が置かれた生きづらい状況を思いやるからで、そんな中でもマイペースを失わない猫への敬愛の情が現れています。

中原中也記念館館長 中原 豊

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