【旧米軍施設跡地開発】横浜・上瀬谷の転機(1)目に余る不確実性 新交通に懸念

上瀬谷通信施設跡地

 上瀬谷の開発計画が転機を迎えている。直面する幾つもの難題を追う。

      ◇

 柔和な表情を浮かべ、三上章彦(64)は諭すように言った。「私はね、横浜市民として、元市職員として横浜を愛しているし、発展を願ってやまない」

 それにしても、と続けた。「『上瀬谷』の計画は不確実性が高すぎる。私は私の立場から、市に慎重な判断を求めていくよ」。取材に応じた三上の眼鏡の奥には、並々ならぬ覚悟がにじんでいた。

 三上が社長を務める横浜シーサイドライン(同市金沢区)は9月、市からある要請を受けた。それは、上瀬谷通信施設跡地(同市瀬谷・旭区)と相鉄線瀬谷駅周辺を結ぶ新交通システム「上瀬谷ライン(仮称)」の運行事業を担ってほしい、という内容だった。

 同社は市から約63%の出資を受け、第三セクターとして市内の沿岸部で新交通「金沢シーサイドライン」を運行している。市が、新交通のノウハウや知見を持つ同社に事業参画を求めるのは自然な流れだった。

 新交通には、大きく二つの役割が求められている。

 一つは、2027年3~9月に上瀬谷で開催予定の国際園芸博覧会(花博)に開業を間に合わせること。期間中の来場者が1千万人規模とされる中、公共交通網が乏しい一帯にあって、市は新交通の導入が欠かせないと説く。

 もう一つは、跡地に誘致するテーマパークへの来園手段を担うことだ。市は将来的に年間1500万人を集客するとうたい、その少なくとも4割、およそ600万人が新交通を利用すると見込む。

 同社は今年9月、市からの正式な依頼を受け、外部識者を交えて本格的な検討に着手。三上は、市が描く新交通構想への懸念を日増しに強めていった。

 「これでは車両が空気を運ぶだけの『鉄くずの塊』になりかねない」

=敬称略

© 株式会社神奈川新聞社