【ヤクルト日本一手記】MVP中村悠平 苦しかったSNSの声…「いつか見てろ」の反骨心が原動力でした

試合終了の瞬間、ヤクルト・中村の感情が爆発した(東スポWeb)

ヤクルトがオリックスとの日本シリーズ第6戦(27日、ほっともっと神戸)を延長12回の激戦の末に2―1で制し、対戦成績4勝2敗で6度目の日本一に輝いた。シーズン、クライマックスシリーズに続いて好守でチームをけん引し、シリーズMVPに輝いた中村悠平捕手(31)が手記を寄せた。

日本シリーズ始まる前は「勝てるのかなあ」っていう不安しかなかったです。8年連続でパ・リーグが日本一になっていることも意識ありましたね。不安なことが多かったです。一番不安だったのはやっぱり初戦です。

どういった入りができるのかなとか、相手先発も山本(由伸)くんですし、吉田(正尚)くんと杉本選手という中核がいて、そのままズルズルいってしまったら一気に4連敗しちゃうんじゃないかなとか。始まる前からすごくありました。

でも初戦の戦い方を見て〝ちょっと頑張れば〟と少しだけ思いました。それは自分が山本くんから適時打が出たことと、サヨナラ負けでしたけど、8回まである程度抑えられたので少し自信がついたというか。それはすごく覚えています。

僕がキーポイントだと思ったのは2戦目です。アウェーで、向こうは前日サヨナラ勝ちしている最高の流れ。シリーズ中でそういった流れを止めるのは難しいんです。そこで高橋奎二の力もあって完投できて、一つ大きな流れを止められた。向こうの流れを一気にこっちの流れに持ってこられたことが一番大きかったんじゃないかなと思います。

シリーズ前はひたすら相手の打者、投手の映像を見ていました。僕はすごく不安症で、頭をパンパンにしちゃいたかったんです。福田選手に安打されて宗につながれて、3、4番には本塁打されて、山本くんと宮城くんには完封されてとか。そういうことで頭をパンパンにしました。そうしたら試合が始まれば、あとはいいものを拾い集める感じでいけるんです。

試合開始は頭の中は〝最悪〟なんです。でもそこで一死取った、1つストライクを取った、1イニングゼロで切り抜けたとなり、自分の気持ちの余裕が出てきたりするんです。それはシーズン中なかなかできないことなんですけど…。

日本シリーズの大きな舞台の中で、やってみようと思って。それがいい方向に行きました。シーズン中も映像は見ますけど、そこまで何試合も何試合も振り返ったりはあまりしないです。でもオリックスとはなかなか対戦しないですし。

交流戦と今の状態も全然違うし。ただ、オリックスの直近の試合もたくさん見ましたけど、結局答えは出ないんです。頭の中は自分なりのイメージで、あとはその日の試合で自分が感じたことでリードしていくしかないと思うので。

初戦の奥川、第2戦の高橋には「何を投げるにしても、攻めてきなさい」と言いました。変化球投げたら逃げてる、インコースでいったら強気でいってるとか思われがちですけど、そうじゃなく「変化球でも外真っすぐでも攻めるんだよ」って。

奥川に感心したのはシリーズの舞台で自分の投球ができたこと。高橋奎二も初戦に負けて2戦目も負けるとやばい状況の中で自分の投球ができるわけですから、すごいことです。僕は若い投手に乗せられてリードできた感じはありました。

打者として自分は初戦に山本投手から2本打てましたけど、これは本当に開き直りです。抑えられて当然の投手なのでボールが見えたら振ろうと。当たってくれたら前に飛んでくれたらいいかなと。交流戦でも対戦があったので。

ただ、不思議だなと思うんですけど意外と冷静で。自分の前に山田が四球で出ていますけど、山本投手の球が抜け出し始めてました。だから「右打者だったら外じゃなくて、抜け出しているからインコース目に目付けしよう」と思ったんです。

打ったのはどちらかと言うと真っすぐ内寄りなんですけど少し内めに目を付けたら、たまたま抜けてきて、そこで自分が一発で仕留められて。その1本からすごく自分が楽になりましたよね。

今回は前回シリーズに出場した2015年の時とは心理状態が全然違いました。15年は地に足付かない状況だったんですけど、今はどっしりと落ち着けて1試合1試合戦えていたと思います。

それはこの6年間の中でつらくて苦しい思い出しかなくて…。その経験が自分を大きく成長させてくれたと思うし、それで自分もはい上がってこられたんじゃないかなという気持ちもあって、思い切って今年の日本シリーズ戦えたんじゃないかなと自分では思っているんです。

つらかった時期は96敗した2017年もそうですけど、16年もチームは5位ですし、個人的な成績も全然でしたし。僕はSNSをやってますけど「中村じゃ無理だ」「違うやつ使ったほうがいいよ」とか。いろんなことを見てきて、言われ続けてきたところもあった。そこは本当に苦しかったし、つらかったです。でも逆にそれがなかったら今の自分もなかった、ここに来てる自分もなかったと思います。

「いつか見てろ」じゃないですけど、そんな反骨心も、ひとつ芽生えさせてくれたのはものすごく大きな理由の一つだと思います。ほぼほぼ、それが原動力みたいなもんなんですね。めげずにやれたのも日本一になれたのもそれが大きな理由だと思います。

(ヤクルトスワローズ捕手)

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