亡くなった父に認知した子がいることが相続で発覚!戸籍の落とし穴とは?

親が亡くなった時、相続の手続きをするためには戸籍を取り寄せて相続人を確定することが必要です。この時に初めて父親に認知した子がいたということを知るケースがあります。認知した子がいることを知らずに来てしまう戸籍の落とし穴とは……。


野上千里さん(仮名・51歳・既婚)は、3か月前に父親を亡くしました。悲しんでばかりはいられないと、遺言書を遺していなかった父親の財産の相続手続きに銀行へ行くことにしたのです。父親の出生から現在までの戸籍等手続きに必要な書類を持って窓口へ行きました。

相続手続きで銀行員が1番にすることは、相続人の確定です。提出書類の中の戸籍を読み相続人が誰で何人いるのかを確認することから始めます。数日後、千里さんに銀行から連絡があり父親に認知した子がいることを知らされたのです。

千里さんの家族関係は、今回亡くなった父親と母親(10年前に他界)、そして千里さんの3人家族のはずでした。ずっとそう信じていました。

なぜ? いつ? 千里さんにはたくさんの疑問が湧いてきたのです。

「認知」って何?

「認知」とは、結婚していない男女の間に生まれた子、またはこれから生まれる子を、自分の子だと認める行為のことを言います(民法779条)。

母と子に関しては認知の手続きをする必要はありません。分娩の事実で当然に親子関係が生じるとされているからです。しかし、父と子の関係に関しては、分娩するわけではないので親子関係の確定が難しいため、法律上の親子関係を発生させる「認知」が必要になるのです。

銀行員は戸籍を読み、認知した子がいることを確認しました。「戸籍に記載がある?」千里さんが戸籍を見たときはそんな記載は記憶にありませんでした。

認知したら何がどこに記載されるの?

認知した事実は戸籍に記載されます。認知した父親の戸籍には「(例)〇年〇月〇日○○番地(子)Aを認知届出」のように記載されます。認知された子の戸籍にも同じく「(例)〇年〇月〇日○○番地(父)B認知届出」のように記載されます。

千里さんは父親の戸籍に入っていたころ、何度か戸籍謄本を取得したことがあり父親の欄の記載も見たことがありましたが、そのような記載には気づかなかったと言います。では、認知の事実が戸籍に記載されているのに、なぜ父親が認知した子がいることに今まで気づかなかったのでしょうか。

気づかなかった理由は戸籍の編成や改製が行われたため

気づかなかった理由として、戸籍の編成・改製等が挙げられます。

戸籍の「編製」は、婚姻等で親の戸籍から出て新たに筆頭者として戸籍を作ること。戸籍の「改製」は、法改正によって新しい様式になり改製前の戸籍は閉鎖され新しく作り直されることです。

これまで、戦前戦後合わせて6回、戸籍の改製が行われています。私たちが見ることができる戸籍の種類は年代別に5種類あり、出生から属していた戸籍をたどると数回改製されていることが確認できます。

改製等で戸籍が新しく作成されたとき、戸籍の内容が全て引き継がれて記載されるわけではありません。戸籍法において、改製後も記載するとされる項目の中に、「認知をした事実」は含まれていません。そのため、改製後の戸籍には認知の記載がなくなるのです。

他にも、千里さんのように婚姻して親の戸籍から出て夫の戸籍に入ると、親の戸籍の千里さんの欄は「除籍」となり、その後改製が行われた場合、改製後の親の戸籍には千里さんの記載はなくなります。除籍された者も改製後に引き続き記載する事項ではないためです。

戸籍に記載がなくても親子関係は変わらない

編製・改製後の戸籍に記載がなくなったからといって、千里さんが子どもでなくなったということではありません。認知も同じことが言えます。そのため、相続人の確認をするために、亡くなった方の出生から現在までの戸籍をすべて取得し、編製・改製後の戸籍に引き継がれなかった事項も確認していく必要があるのです。

千里さんが過去に戸籍謄本を取得して父親の欄を見たときに認知の記載がなかったのは、はまさにこのためです。

千里さんの父親が認知していた時期は婚姻の2年前、その後婚姻して新戸籍を編製しているので、婚姻後は認知の記載がされておらず現在まで気づかなかったということになるのです。

ちなみに、認知した親の戸籍は編製・改製で記載が引き継がれませんが、認知された子の戸籍には、引き続き認知した親の記載が残ります。

リスクを避けるためには遺言書が有効

千里さんは父親の相続手続きを進めるにあたり、生まれてから会ったこともない母親違いのきょうだいと遺産分割協議をしなければ何も進まないということになったのです。

どこに住んでいるのか、どんな人なのかもわからない。何から手を付けてよいかわからなくなり、あとの手続きは専門家に任せることにしました。専門家に任せたことで、相手方の連絡先が分かり、遺産分割協議を行うことができ相続手続きを終えることができました。今回のケースはスムーズに事が運びましたが、いつもうまくいくとは限りません。

千里さんの父親が千里さんのために生前にできたことは、何かあったのでしょうか。今回のような相続時に遺産分割協議をすることを避けるために遺言書を書くということが考えられます。例えば遺言書の内容が「財産を全部千里さんへ相続させる」という内容であったとすると、父親に相続人が数名存在したとしても、その遺言書をもって千里さんが金融機関で単独で手続きできるということになるからです。

子どもの立場でできることは?

では、子どもの立場として父親の生前に何かできることはなかったのでしょうか。

生前対策の一つとして相続人を正しく知るという意味で、父親に対して戸籍の取得を促し生前に相続関係を知っておくという方法はあります。ただ、父親の意向を確認せず子ども主導で父親の相続対策をすることはできません。もしかしたら、数十年前に認知したことが、相続発生時に相続人として千里さんと遺産分割協議をしなければならないという状態になると思っていなかったかもしれません。だからこそ生前に親子でコミュニケーションを取り、家族の歴史や想いを聴くことが大事になるのです。

相続は誰にでも起こることです。相続の対策を何もしない場合の将来起こりうるリスクを把握することは、財産の有無にかかわらず必要なことです。どのくらい相続人の負担を減らすことができるかは、生前にどれだけの準備ができるか、一人一人の行動にかかっているのです。

まずは、確認することから始めましょう。

行政書士:藤井利江子

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