素通り

 〈屋根を修理するなら、日が照っているうちに限る〉とケネディ米大統領の名言を引用し「スピード感を持って」「一日も早く」「一気に進める」と、勢いのいい言葉をいくつも並べて政権運営への決意を語った。昨日、国会での所信表明演説に臨んだ岸田文雄首相▲さまざまな分野で前向きな意欲が語られる一方で「核兵器のない世界」への言及はとてもさらっとしていた。もちろん、何事にも“優先順位”はあるだろう。しかし、あなたは被爆地広島選出の人▲「核兵器国と非核兵器国の信頼と協力の上に現実的な取り組みを」「まずは来月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が重要。関係国と連携しながら積極的な役割を…」と語りはしたが、具体性は乏しい▲演説には核兵器禁止条約の「か」の字もない。「日が照っているうちに」のたとえを借りるなら、条約は、重苦しい雲が覆う世界の核状況にキラリと差し込んだ新しい光だ。素通りはないだろう▲「核」を語る岸田氏の言葉のトーンが、演説のたびに少しずつ落ちているように聞こえてならない。「足踏み」より「後ずさり」に近い印象を受ける▲ドイツの新政権を担う3党が核禁条約締約国会議へのオブザーバー参加を政策合意に盛り込んだ。及び腰の橋渡し役を置き去りに、世界は前に進む。(智)

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