田舎町で家族5人が感染、偏見への恐怖いまも カメラマンは見た「コロナが変えた日常」(5)

雨の中、傘を差す新型コロナウイルスに感染した女性=2020年6月

 共同通信の5人のカメラマンが、新型コロナの流行によって変わってしまった日常生活を描く連載企画の最終回。

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 私が関東近県に住む40代の一人の女性を取材したのは昨年6月のことだ。緊急事態宣言を経て、感染者数がテレビで連日報道はされるものの、周囲を見渡してもまだ感染した人は見当たらない、そんな時期だった。女性は一緒に住んでいた家族4人とともに新型コロナウイルスに感染した。

 その事実は彼女が知らない間に町に広がり、友人からの連絡が途絶えたり、入店を拒まれたりする偏見に見舞われた。人と会うのが怖い―。当時、そう話していた女性は、その後どうなったのだろうか。再び話を聞きに行った。(写真と文・共同通信=矢島崇貴)

 ▽「学校名をさらせ」

 周囲を山に囲まれた農業が盛んな片田舎。女性はこの町に夫と自身の両親、3人の子どもと暮らしていた。昨年6月、時間通りに待ち合わせの場所に現れた女性は、私と距離をとって置かれた椅子に腰掛けると時折手元に視線を落としながら、落ち着いた口調でこれまでの出来事を聞かせてくれた。

 夫の感染が判明したのは、1日当たりの感染者が全国で100人に満たなかった昨年3月のことだ。関西地方に出張した後に発熱しPCR検査で陽性となった。その後、女性自身も感染が分かり、症状がないまま入院した。同居する70代の両親と三男も次々と感染が判明。重症化した父が人工呼吸器を付けて生死をさまよっても、病室にいる彼女には何もできなかった。

保健所から届いた入院措置に関する通知=2020年6月

 自宅には高校生の息子2人と老犬を残していた。自治体からの支援はなく、友人が食料を届けてくれなければどうなっていたのだろうと思う。検査で2度の陰性が確認されるまで入院生活は32日間に及んだ。

 「みんな知ってるらしいよ」。退院後、友人に耳打ちされ驚いた。人付き合いが濃い田舎町。不在の間にうわさが広まっていた。退院したばかりの父に代わって口座の手続きをしようと地元の郵便局を訪れた時だ。局長から裏口に呼ばれた。「私も職員を預かる立場。今はまだ困る」と利用を拒まれた。

 三男は退院後、通っていた中学校から4週間の通学自粛を求められた。保護者から不安の声があるようだった。「(感染した子どもが通う)学校名をさらせ」。別の地域で子どもの感染が報告されると会員制交流サイト(SNS)にはこうした投稿が相次いでいた。女性は怖くなった。

 夫は一日中手を洗わずにはいられなくなり、両親は体力が落ち後遺症に悩んだ。

 感染を周囲に知られているのではと疑心暗鬼にさいなまれ、女性の明るかった性格は一変した。外出するときはマスクに帽子を深くかぶり、下を向いて歩くようになった。

感染した女性

 ▽離婚、老化、後遺症

 最初に女性を取材してから1年余りがたち、国内のコロナの感染状況も変わった。彼女の周囲に変化はあっただろうか。今年9月、再び連絡を取った。

 もともと不仲だった夫とは、最初の取材後しばらくして離婚したという。「死ぬかもしれない病」にかかり、後悔せずにこれからを生きたいと強く思った。別れてから子どもたちが父親の話をしないように気を使っているのは分かっていた。「全部コロナが悪い」。夫と暮らせなくなった三男がそうつぶやいたときはさすがに胸が痛んだ。

 感染前は散歩が習慣だった父は、足腰が弱って認知機能も衰えていった。母はいまも息が苦しいと訴え、家の周辺で坂を上るのにも苦労している。退院後、2人とも老いが加速した気がして、来年はどうなっているだろうかと不安がよぎる。

母が摘んだ野草に触れる女性

 父母と営む客商売は風評被害を心配し休業した。その間イチゴ農家や旅館を手伝い日々の生活をしのいだ。今年5月、1年ぶりに営業を再開したものの、首都圏に緊急事態宣言が出る中で客足が伸びるはずもなかった。

 苦しみの先には一筋の救いもあった。仕事を通じて知り合った隣町の夫婦との出会いだ。前向きな人柄で一緒にいると自然と明るくなれた。感染した事実を打ち明けても、変わらず接してくれたことに何よりほっとした。少しずつ笑顔も取り戻せる気がした。

 ▽孤独

 度重なる感染の波で、都市部では感染者は珍しくなくなった。実際、私の周囲でも感染したり、濃厚接触者になったりするケースがあったが、復帰すればそれまでと変わらない日常を送っている。一方で、女性の周りでかかった人はまだおらず、取り巻く状況は以前と変わっていないようだった。

仕事の準備をする女性。いまも偏見への恐怖から感染したことを周囲に伝えられずにいる

 極端に感染を怖がる町の雰囲気に、なんだか複雑な気持ちになる。この病とは共存していくしかないのに―。「コロナは怖い。かかりたくない」。身近な人からそんな声を耳にすると自分が拒絶されたようで距離を置いてしまう。「なった人にしかこの気持ちは分からない」。投げやりになりそうになるのをぐっと胸に押し込んでいる。

 周囲に同じ境遇の人がいればといつも思う。「大変だったよね」と、これまでのつらかった気持ちを共有したい。しかし現実は誰にも理解されない思いを抱えて孤独になる。いつかこの経験を気にせず話せる日がくれば―。そう願いながら、今も限られた人にしか感染を伝えられずにいる。

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カメラマンは見た「コロナが変えた日常」

第1回 https://nordot.app/845935608295309312?c=39546741839462401

第2回 https://nordot.app/845949533199613952?c=39546741839462401

第3回 https://nordot.app/846239116585828352?c=39546741839462401

第4回 https://nordot.app/846723885450706944?c=39546741839462401

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