【追う!マイ・カナガワ】横浜港にいる謎の職業(下)「ワッチマン」に会いに行った

本牧ふ頭の岸壁に立つ福田幸一さん

 「横浜港にワッチマンという仕事をしている人たちがいますが、どんな仕事なのでしょうか」。横浜市の40代女性から「追う! マイ・カナガワ」取材班に疑問が届いた。女性の夫が最近、港関係の仕事を始め、ワッチマンという肩書の男性と名刺を交換したとのこと。夫も「どんな仕事なのかな」と首をかしげているという。

◆「何でも屋です」
 
 昔ながらのワッチマンとして横浜港で働く福田幸一さん(74)=日本警備=を訪ねた。

 コンテナが立ち並ぶ横浜市中区の本牧ふ頭に、大型のコンテナ船「プレジデント FD ルーズベルト」がゆっくりと着岸した。真っ先に荷役担当者が乗り込んでいく。しばらくして、荷物確認のため下船してきた米国人船員が福田さんに英語で話し掛けてきた。

 「コーイチ、久しぶり。今度、自宅に戻るんだよ」。「よかったね。何かお土産でほしいものあるの?」と福田さん。「考えておくよ」と英語でやりとりをする。

 船員名簿を持ち、船を出入りする人を確認し、不審者を立ち入らせないのが大切な仕事の一つ。通訳として船と外部のやりとりを仲立ちもする。福田さんは「何でも屋ですよ。船員におすすめの飲食店を教えたり。よく購入を頼まれるのは日本のお土産」と笑う。

 コンテナ船には20人ほどの外国人船員が乗船している。「英語を話せる日本人が一人いることで、安心して滞在してもらえる」と笑顔を浮かべる。

 だが、福田さんは「コンテナ船の時代にはかつてのワッチマンは必要なくなってしまった」と話し、ため息をつく。貨物がコンテナで輸送されるようになると、船倉での監視業務が必要なくなり、経費削減のため、船内警備を船員が担うようにもなった。そのため、ワッチマンを必要とする船は年々減少。今は米国船だけになり、昔ながらのワッチマンは東京・横浜港では福田さんとその相棒の2人だけになったという。

 港の案内役でもあるワッチマンが船からいなくなると、出港まで船室で過ごす船員が増え、下船の機会が少なくなるという。横浜の良さを知ってほしいと思うのだが、少しさみしい。

◆初の女性ワッチマン

 全国の状況はどうなのか。全日本ワッチマン業協会には東京、横浜、名古屋、神戸、大阪の31社が加盟するものの、各支部に確認すると、昔ながらのワッチマンは名古屋港のある東海支部に6、7人だけで、大阪や神戸にはすでに一人もいなくなったという。

 船からは消えつつあるワッチマンだが、仕事の場はコンテナターミナルや倉庫などの警備業務にシフトしている。テロ対策を強化するため、国際条約のソーラス条約が2004年に改正され、世界中の国際港の警備が厳重化され、ワッチマンの活躍の場が広がった。

 19年にオープンした複合施設「横浜ハンマーヘッド」(同市中区)には大型クルーズ船が停泊できる客船ターミナルが併設され、横浜港で初めて女性のワッチマンが誕生した。

 その一人、溝口久美子さん(29)=内外サービス=は施設内の巡回警備などを担当している。「ワッチマンという言葉には愛着がある。お客さまの安全、安心のための仕事をずっと続けていきたい」と話す。

◆取材班から

 島国の日本は海上輸送が多くの人の生活を支えている。時代が移り変わっても国際港ヨコハマらしい職業が残っていってほしい。

© 株式会社神奈川新聞社