諫早に無料塾「ひまわり」  学び触れ合う居場所に 自治体・地域・大学が連携 

漢字の小テストを解くマサト=諫早市社会福祉会館

 昨年12月、長崎県諫早市新道町の市社会福祉会館。3階の大部屋で小中学生約20人が机に向かっていた。
 鉛筆の動きが止まった中学生に、そばで教えていた鎮西学院大の学生が静かに声を掛ける。「分かるのからやった方がいいよ。できない問題は、後から理解を深めたらいいけん」
 小学4年のマサト(10)=仮名=が解いていたのは漢字の小テスト。少し悩んで解答欄に書き込んだ「けんこう」の漢字は、「健康」の健の人偏が抜けていた。それを同大2年、中島夢野(20)が赤鉛筆で添削。マサトは正しい字を上からなぞって覚える。次は分数の問題だ。「よし」「いいじゃない」。中島が褒めながら丸を付けていく。マサトのほおが緩んだ。
 子どもの貧困問題や、それがもたらす教育格差が指摘される中、諫早で新たな試みが始まった。経済的に困窮する市内のひとり親家庭の子どもが無料で学べる塾として昨年9月、開講した「ひまわり」。かねてその必要性を訴えていた市母子寡婦福祉会に市が委託し、協力要請を受けた鎮西学院大側も「地域貢献になる」と快諾した。学習支援を目的とした無料塾は全国で広がりを見せつつあるが、市によると、自治体が地域の団体に委託し、そこに大学も連携した運営は県内で初めて。地域が持つ人的資源やノウハウを活用した先進事例になりそうだ。
 講師となる「学習支援ボランティア」として同大の学生23人をはじめ、副学長や准教授、元教諭ら計28人が登録。学生の大半は教職志望だ。同会館を管理する市社協も教室確保で協力し、多くの支えで運営されている。
 毎週土曜日午前10時から正午までの2時間、子どもたちは学校の宿題を広げ、それを片付けると、その子に応じて学生が準備した小テストなどに取り組む。学生1人がおおむね2人を見ている。ひとり親家庭のうち、収入が少ない児童扶養手当の受給世帯を対象に希望者を募ったところ、20人の定員枠はすぐに埋まった。順番待ちもいる。
 「経済的事情で塾に行けない子が学び直しができ、自宅学習を習慣付けられる場所、不登校に悩む子にとっても心のよりどころになる居場所をつくりたかった。ここで学び、触れ合い、自分が思う未来に向かって一歩でも進んでほしい。『君たちの周りには、支えてくれる大人がたくさんいる。社会は見守っている』というメッセージを伝えたい」。市母子寡婦福祉会の松本幸子会長(73)は、開講への思いをこう話す。

 ■息子の表情 穏やかに シングルマザー「気持ちが楽」

 マサト(10)=仮名=の母ユウコ=40代、仮名=はフルタイムのパートで働く。親子2人暮らし。非正規の働き方を選んだのは「学校が夏休みの間は息子を見ないといけない。シングルマザーにとって正社員で働くのは難しかった」からだ。
 土日は飲食店でバイトを掛け持ちする。コロナ禍で1年以上、バイト収入が途絶え、その間の手取りは、児童扶養手当も含めて月約12万~13万円に減った。無料塾「ひまわり」の開講を知ったのは、そんな最中。マサトは低学年のころ、九九をなかなか覚えられず算数が苦手だったが、本人も希望していた塾に通わせる経済的余裕はなかった。
 少し年が離れたきょうだいのような学生とも触れ合い、ユウコは息子の変化を感じている。一つは、勉強したノートをうれしそうに広げて見せてくれるようになったこと。そして、ストレスからか、学校では授業中に席を立つなど不安定な面があったマサトの表情が穏やかになったこと。「いろいろな人と交わりながら将来への視野を広げてほしい」。勉強を終え、教室から出てきたマサトがはにかんだ。「ここは、分からないところを優しく教えてくれる。友だちができるのが楽しみ」
 こんなデータがある。県が2018年に実施した「子どもの生活に関する実態調査」。相対的貧困状態にある子どもは、そうでない子どもに比べて学習などの機会が制限されていることや、自己肯定感が低い傾向が浮き彫りになった。回答したひとり親家庭1385世帯のうち、約3分の1に当たる418世帯が相対的貧困だった。「家が貧乏だから『夢はない』『自分がしたいこともできない』という思いが自己肯定感の数字に表れている」(県子どもの貧困対策統括コーディネーターも務める山本倫子・ひとり親家庭福祉会ながさき事務局長)
 流行語になった「親ガチャ」。どんな親から生まれてくるかで、自分の人生が大きく左右される-。そんな意味で使われる言葉だ。「ひまわり」で教える鎮西学院大1年、豆谷翔太(19)はひとり親家庭で育った。講師になったのは「頑張れば他の子と何ら変わらずに勉強もできるんだ、と前向きな気持ちになってほしかった」から。「勉強だけではなく、いろんな悩みを解決できる場所、来たいと思える居場所になったらうれしい」
 小学生2人を通わせているカオリ=30代、仮名=も子どもの変化を感じている。半面、複雑な思いもある。子どもの安全確保のため、「ひまわり」は保護者による送迎が条件だ。それができずに断念した家庭も複数あった。「仕事の都合で送り迎えができず、ここに通わせたくてもできない人もいっぱいいる。支援を必要とする人たちに手が行き届く社会になったらいい」

子どもたちは宿題を終えると、用意された小テストや問題集(手前)に向かう=諫早市新道町、市社会福祉会館

 各地で広がりを見せつつある無料塾。その多くがそれぞれの課題を抱えながら、地域の事情に合った在り方を手探りしている。それは「ひまわり」も例外ではない。諫早市は「ひまわり」をモデルケースに、将来的には市内に拡大していきたい考えで、子どもを巡る地域共生社会へ模索が続く。
 「おはようございます」。2021年最後の教室となった12月25日、「ひまわり」にやってきた子どもたちに声を掛けるユウコの姿があった。「ひまわり」が理念の一つに掲げる居場所づくり。「参加しているうちに、私もここで知り合いができた。同じような悩みを持つ保護者と話しているだけで、気持ちが楽になる感じ。私にとっても、ここは居場所です」。そう、ほほ笑んだ。=文中敬称略=


© 株式会社長崎新聞社