核兵器禁止条約発効から1年、3月に第1回締約国会議 朝長万左男氏、中村桂子氏に意義、課題を聞く

「日本政府は『核なき世界』の実現に向け、具体的な目標を提示すべきだ」と主張する朝長氏(写真右) 「核兵器禁止条約に加わることのメリット・デメリットについて、国民的な議論が必要」と語る中村氏

 発効から1年となる核兵器禁止条約。3月には第1回締約国会議を控える。被爆者で、非政府組織(NGO)核兵器廃絶地球市民集会ナガサキ実行委員長として締約国会議に出席予定の朝長万左男氏(78)と、核軍縮を巡る国際情勢に詳しい長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA=レクナ)准教授の中村桂子氏(49)の2人に、条約が発効した意義や課題、締約国会議で議論すべきテーマなどについて聞いた。

■核兵器廃絶地球市民集会ナガサキ実行委員長 朝長万左男氏/核被害者救済へ活動組織を 完璧な国際法完成、目標に

 -第1回締約国会議に、非政府組織(NGO)の一員として出席を予定している。何をアピールするか。
 NGOとして発言できるかどうかは、まだ分からないが、機会があれば二つのことを訴えたい。
 核兵器禁止条約には、核拡散防止条約(NPT)にはない「核兵器の全面禁止」が盛り込まれた。二つの条約を融合すれば完璧な核軍縮、核廃絶の国際法が完成する。この方向性についてNPT再検討会議と3月の締約国会議では目指してほしい。
 もう一つは「核被害者の救済」を具体的にどう進めるか。核兵器の非人道性を基本に置くと、直ちに問題となるのが核被害者。核兵器廃絶という目標と、核実験などによって生まれた核被害者を救済しなければ、完全な条約とは言えない。

 -核被害者の救済が条文に盛り込まれた意義とは。
 (原爆や核実験などの)核被害者がいるということは、被害を与えた国が存在するということ。主に核保有国だが、これらの国々は条約に参加していない。条約は加害者側が扱われていないとの欠点がある。しかし、それを追及すると、ますます核保有国は入ってこなくなるという点はジレンマだ。
 世界中に散らばる核被害者を救済するためには、組織をつくらないと活動できない。そして、医療費の負担など、日本が培ってきた被爆者援護のような政策をスタートさせることが必要となる。成功すれば、加害者(核保有国)に対する大きな圧力になる。

 -日本政府は条約に対して後ろ向きな姿勢を示す。
 「核の傘」に依存する日本の安全保障政策から言えば、論理的には整合性は取れている。核兵器に頼りながら、条約に参加するのは矛盾している。岸田文雄首相は条約が「核なき世界への『出口』」と言うが、核軍縮について、これまで日本政府は具体的な目標を提示していない。核兵器の抑止力が唯一の役割なら、どういう状況なら核抑止が必要のない「核なき世界」が訪れるのか。具体的なシナリオを国民に示すことが大事だ。

 -締約国会議には北大西洋条約機構(NATO)の一部の国もオブザーバー参加する方針を表明した。
 ドイツが表明したのは政権交代が要因。オブザーバー参加の国が増えるきっかけにはなるかもしれない。ただ、その方針をNATO加盟国に広めていくだけの指導力は新しい政権には、まだないと思う。無視できない動きではあるが、NATOと米国の関係が極端に変わるとは考えられない。

 -発効から1年。締約国が大きく増えていない。
 今の批准国は、世界に大きな影響を与えない、小さな国ばかり。日本など、米国の同盟国が加盟すれば変化するだろうが、現在の核兵器禁止条約にまだ力があるようには思えない。期待されていたのとは違い、こうした状況が続かざるを得ない。
 提案しているのは、政府と、専門家や学者など非政府組織の関係者双方が集まる国際会議の開催。相互理解を深めていくことが大切になる。長いスパンで考え、核兵器の役割を縮小させていく努力を積み重ねていくことが重要だろう。

【略歴】ともなが・まさお 1943年長崎市生まれ。県被爆者手帳友の会会長。医師でもあり、日赤長崎原爆病院名誉院長、恵の丘診療所長を務める。

■長崎大核兵器廃絶研究センター准教授 中村桂子氏/利点と欠点、国民的議論必要 NPT会議での評価が焦点

 -核兵器禁止条約の発効から間もなく1年。あらためて条約発効の意義は。
 一つの条約ができた以上の意味がある。核兵器とそれを全面的に禁止する条約の両方が存在するという、人類史上初めての時代に入った。核問題を巡り世界は今、危機と好機が共に大きくなっている。大きな可能性を秘めているが、この好機を生かせないかもしれない。いずれにしても、ここからが本番になるだろう。

 -第1回締約国会議はどんなテーマが議論されるか。
 想定されるテーマとしては大きく三つの柱がある。「条約の普遍化」「核軍縮検証」「核被害者援助と環境修復」。いずれも簡単に解決できる話ではない。3日間しかないので、枠組みをつくることに集中し、継続議論として、次回締約国会議までの2年間にどのような動きをするのかプランをつくることになる。

 -「核軍縮検証」とは、どのようなことを指すか。
 核兵器禁止条約は核保有国の参加も当然想定している。方法は2通り。一つは参加前に核兵器を廃棄すること。核兵器を製造する工場や実験場を閉鎖するなどして国際的に「ゼロ」にしてから入る。もう一つは核兵器を持ったまま加わる意思表示をした上で、いつまでにゼロにするか計画を示して締約国と合意し、それに従い廃棄する方法だ。
 どちらの方法も国際的な監視が必要となるが、問題はそれを誰が担うか。核兵器の廃棄を監視できるのは基本的に核保有国だが、今の締約国は全て非保有国。国際原子力機関(IAEA)はあるが、平和利用かどうかをチェックする機関であり専門外だろう。極端な話、北朝鮮が参加したいと言っても現状では対処できない。検証するための体制、仕組みづくりは急務だ。

 -核拡散防止条約(NPT)再検討会議との関連性は。
 核兵器禁止条約がどう扱われるのか、最終文書でどう評価されるかが焦点。NPTと対立構造にはないとの形に収まれば、今後の議論は前向きなものになる。ただ、核保有国が「核兵器禁止条約は世界を分断する」と、罪をなすり付けるようであれば、条約の普遍化、影響力の面で懸念が残る。

 -日本政府は核兵器禁止条約にどう向き合うべきか。
 核被害者援助の面でも、被爆地長崎、広島、そして福島の経験知を持つ日本は、世界から期待されている。例えば被爆者援護法。被爆体験者の問題でも、70年以上たっても誰が被害を受けたのかという線引きが難しいとの現状がある。また科学的に放射線の影響を研究する機関は国内に多くある。これらを紹介するだけでも十分貢献できるはずだ。
 これは人道的な貢献であり、日本には道義的責任がある。条約への署名・批准の議論とは切り離して考えるべきだ。締約国会議にオブザーバー参加を求める声が根強くあるが、単に行くだけでは意味がない。今から準備することで十分間に合う。条約に参加することのメリット・デメリットを国民的な議論にしていくことが求められている。

【略歴】なかむら・けいこ 1972年神奈川県生まれ。NPO法人ピースデポ事務局長を経て、2012年から長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)准教授。


© 株式会社長崎新聞社