韓国紙「朝鮮人には愛国心はなく民族的本能がある…19世紀英国人指摘」「今の韓国も種族主義や偏狭さ残る」

19世紀に朝鮮半島を訪れた英国人旅行家の手記をもとに、偏狭や利己主義など、当時朝鮮へのネガティブな指摘が現在でも克服されていないとの指摘が韓国紙から出ている。

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毎日経済新聞は先月、ノ・ウォンミョン記者による『朝鮮人には愛国心はなく民族的本能だけがある』というタイトル記事を掲載した。

ノ記者は、19世紀のイギリスの旅行家イサベラ・バード・ビショップ(Isabella Lucy Bird)の手記『朝鮮紀行』(原題:Korea and Her Neighbours)について取り上げ、「私は最近読んだが、旅行記としての楽しさよりも120年前の朝鮮人と極東の情勢に対する著者の冷静な評価が深く心に触れた」と述べている。

ノ記者は「ビショップは当時アジアで唯一《文明国》としてもてなされた日本に対して全体的に友好的だ」とし、「それは韓国人読者を多少不快にしうる」としつつ、例として同署にある 「中国の宗主権の陰の下で、朝鮮の両班(貴族)は貴族的生活のもと強圧と独裁の無限の機会を享受してきた・・・朝鮮の農民たちは、日本と西洋教育を通じて、自分たちが最終収奪対象であることが必然的な運命ではないという点や、市民権、法の前での平等権、財産を保護する権限を与えられたことを少しずつ悟っている」という記述を挙げた。

『朝鮮紀行』(イザベラ・バード)書影

ノ記者は、「いま、韓国で市民権、法治主義、私的財産権などの近代的な基本価値を韓国に移植した主体が日本だと主張すれば《植民地近代化論者》というレッテルがすぐに貼られる」としつつ、「これは私の話ではなく、日清戦争を前後して朝鮮を4度も深く観察したイギリス人の主張を伝えるものだ」と断っている。

ノ記者は、ビショップが、日清戦争における日本の勝利によって「政治的に腐敗した(中国と朝鮮)両体制の同盟は断絶され、両班と庶民の区分は奴婢(奴隷)制度とともに少なくとも文書上では廃止された」ことを伝え、これは「客観的事実である」とする一方で、「韓国の歴史教科書はこの事実を正しく教えない。教科書は朝鮮の体制矛盾は無視し、その結果、朝鮮を実際より美化する」と指摘した。

一方でビショップが「朝鮮人の非衛生、失礼さに対する嫌悪感を表わす場面が少なくなかった」ことを指摘しつつ、「次第に嫌悪から愛情に視点が変わっていく」とノ記者は伝えた。その一方で「しかし彼女観察は時々雨のように冷酷で正確だ」として、同書にある「朝鮮人には本当の意味としての愛国心はないが、強い民族的本能がある」との記述を取り上げ「近代的国民主義ではなく、原始種族主義に基づく排他的性格を言うのだろう」とノ記者は解釈する。

ノ記者は続けて、「私はこの点において、現代韓国人と果たして違うのかという思考をしてみる」とし、「韓国人に種族的本能以外に愛国心というものを持ったことがあるのかという疑問だ」と述べる。

そして、「韓国現代歴史教科書は、民族意識は過剰になった反面、大韓民国という国家の偉大性、固有性についてはあいまいだ」とし、「大韓民国が朝鮮と植民地を乗り越えたまったく新しい体制、真の意味で朝鮮半島にできた最初の国民国家であるという事実を無視する。だから愛国心は表現されにくく、民族にもならない種族主義が跋扈する」と指摘している。

一方でノ記者は、ビショップが批判した当時朝鮮人の持つ奴隷精神や労働蔑視などは、過去120年間の奮闘を通じて「韓国人たちは多くの欠点を克服した」としつつ、「ところが偏狭さについてはどうか。利益の範囲が家族の枠を超えない利己的な個人主義は変わっただろうか。公共精神と社会的信頼は拡大しただろうか」と問うている。

この報道をみた韓国のネットユーザーからは、

「韓国最高の品位と洞察に満ちた記事だ!」

「良い記事をありがとうございます…このような歴史的考察を通じて自身の無知を反省します…」

「…韓国人でないかのような記事の書き方だな」

などのコメントがネット掲示板に投稿されている。

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