「10歳年上と話ができる」中学生を育てること 全国屈指の名門シニアの指導方針

武蔵府中シニア・小泉隆幸監督【写真:編集部】

武蔵府中シニア・小泉隆幸監督が考えるチームカラーは「守りの野球、組織野球」

多くのプロ野球選手を輩出してきた全国屈指の武蔵府中シニアの練習を見ると、堅実で丁寧なプレーが目に留まる。拓大紅陵(千葉)で故・小枝守監督から指導を受けた小泉隆幸監督が打ち出す方針は、“恩師”の野球を受け継ぐように「組織野球」と「負けにくい野球」。そして、チームカラーだけでなく、子どもたちに求める人間教育もまた同じだった。

ある日の夜。ライトが照らされた東京・府中市民球場でナイター練習が行われていた。小泉監督は侍ジャパン高校日本代表も指揮した名将・小枝守氏が愛したノックバットと同じモデルのものを手に取っていた。

「私が監督になったときに同じものをメーカーさんに作ってもらったんです」

長さは92センチ。一見、普通のバットのように見えるが、全体的に印象は細い。芯から先端にかけて、太くなる位置が他のものとは違う。繊細なバットコントロールを持つ小枝氏のような“職人”でないと、使いこなせない領域だ。以前は恩師から直接もらったバットを使っていたが、使い込んで折れてしまった。今は同じモデルを製作してもらっている。

指導者のノックが上手でなければ、子どもたちの守備は上達しない。小泉監督も恩師同様の考えを持ち、守り続ける。自身だけでなく、武蔵府中のコーチたちも皆、同じ感覚でノックの技術を磨いている。そして、投手中心の守りの野球を、チームに根付かせてきた。

武蔵府中はジャイアンツカップなど、多くの全国大会で優勝経験のある名門チームだ。最近では楽天の茂木栄五郎内野手、ロッテの菅野剛士外野手ら多くのプロ野球選手が誕生している。

「『チームカラーは何ですか?』と聞かれた時に答えられるチームを作らないといけないと思っています。うちは初志貫徹。守りの野球、組織野球です。バッティング練習をやらないというわけではないんですよ。ただ、点数を取るということは、繊細なことなのです。スクイズでも1点は1点です。うちの子どもたちは頭を使うことが多いと思いますよ」

打撃が強い年代もあった。ただ、それが毎年のように続くわけではない。たとえ、打撃の力がなくても、負けにくい野球を子どもたちに伝えることはできる。正確で堅実な守備の基礎をしみ込ませ、サインプレー、バント処理などの細かい野球を確立させてきた。

「セオリーと言われればそれまでなんですが、手堅い野球は言い方を変えれば、誰でもできる野球かもしれません。それが武蔵府中の強さと言いますか、基礎としてあります」

武蔵府中シニア・小泉隆幸監督【写真:編集部】

上のレベルで通用する野球選手になるための“準備”

緊張する場面やピンチでサインプレーを使う。あえてそこで頭を使うことで、体が固まってしまわぬよう、“動き”を入れる。ガチガチになるのではなく、“攻め”の守りを展開する。

「高校に上がったばかりの選手で、サインを覚えられない子が多いと聞きます。そういう子もいますが、うちのチームに入ったら、野球の基本的なものは、学ばせてあげたいなと思っています」

きめ細やかな部分は何も野球だけではない。それ以外の部分では、返事や挨拶、電話での話し方、ユニホームの着こなしを細かく見ている。

「大人と会話のできる中学生を育てていきたいと思っています。“大人の会話”というのでしょうか……10歳年上とまではいかないけれど、ちゃんと会話ができるような人になってほしいんです」

恩師、小枝監督も高校野球は人間形成の場として「10歳年上の人と話せるように育てたい」と人としての考え方を学ばせてきた。「衣服の乱れは心の乱れ」とグラウンド外での態度も細かく見ていた。そして、卒業生を送り出す時は「社会のレギュラーになりなさい」と言葉を添えていた。

「小枝さんはよく言っていましたよね。10歳年上の人と同じ考えができるように、と。監督自らがユニホームの着こなしも綺麗でした。よく注意していましたよね」

子どもたちのために、環境を整えてあげることが、大人の使命なのかもしれない。

緊急事態宣言下ではできなかったが、解除されてからは夜間練習が再開された。高校野球の地方大会でも使用される府中市民球場で週に数日、3時間とたっぷり練習をしている。広々とした野球場、フェンスやスタンドもある。実際に大会で使うスタジアムで練習ができるのは、選手にとってはプラスしかない。

「一番の良い指導というのは、良い経験をさせてあげることだと思うんです。勝つとか負けるとかではない。それこそが子どもたちの財産になると思います」

“良い経験”と一言で言っても、グラウンド環境を整えること、全国大会に導くような指導をすること、リトルリーグなどのように海外での世界大会に出場すること、楽しい場所を作ること……人によって解釈は分かれるだろう。小泉監督は大学や社会人など長く野球を続けられるように野球の楽しさや魅力、学業を通じて社会性を身につけさせることが、武蔵府中の考える「経験」なのだ。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

学力を落としての進学は「勧めない」 名門シニア監督の進路選択の考え方とは?

補欠野手がやがて140キロ投手に 名門シニア監督が徹底する選手の将来を見据えた指導

中高時代は「毎日天気予報とにらめっこ」 “練習嫌い”が日本一のシニアを築くまで

© 株式会社Creative2