高校野球で活躍するために「教え過ぎない」 強豪・武蔵府中シニアの方針とは?

武蔵府中シニア・小泉隆幸監督【写真:編集部】

小泉隆幸監督は楽天・茂木ら、多くのプロ選手を育てた

全国屈指の名門、武蔵府中シニアは多くのプロ野球選手を送り出している。楽天の茂木栄五郎内野手やロッテの菅野剛士外野手らが門をくぐった。30年以上、子どもたちを指導している小泉隆幸監督は「教えすぎない」指導で選手たちを成長させ、電話で素振りチェックをするなど対話を心がけていた。

「うちのチームでは、守備がしっかりとできる子から試合に使っていきます。まずはボールを体の中(開いた両足の幅の中)で捕球できるようにすること。正面で捕球と言うより、体の中心で、ですね。もう少しできるようになってくると左から入っていって、中心で取りましょうね、というようなことになってくるかとは思います」

武蔵府中の選手の育成、起用方法は明確だった。逆シングルで捕球することが悪いと言っているわけではない。あくまで小泉監督が“基本”と思える形をまず徹底する。応用はそれからでも十分だ。

以前、小泉監督の恩師である元拓大紅陵監督で侍ジャパン高校代表の監督を務めた故・小枝守氏にチームの守備を見てもらったことがあった。そこで「よく怒られましたよ」と回想する。

「『お前は教えすぎだ』と言われまして……。最初はなぜ教えてはいけないんだろうと思ったんです。それが、何十年か経って、ようやくわかりました」

恩師である拓大紅陵時代の小枝守氏の言葉を胸に秘める

細かい技術まで教え込まれた選手には変な“クセ”が付いてしまう可能性があるからだった。進学した先の指導者の教えと、その“クセ”が反していたら一番不幸なのは選手だ。監督のイメージに合わなければ、出場機会にも影響がでてきてしまう。そういう教え子を何人も見てきた。

「場合によっては、最初から上手な子はあまり使わない指導者さんもいます。何十年やっているうちにそういうことが分かりました。基本に忠実というか、そういう子を送ってあげた先の高校の“色”に染まることの方が、選手にとっては幸せなんじゃないかなと思っています」

小枝監督の言葉は指導者になってからも生かされていた。特に捕手の子に、独特のクセが出てしまうと聞いたことがある。

「配球のサインを自ら出す(中学生を指導する)監督さんがいます。打たれても、捕手自身がその原因をわかるようにするため、私が(捕手へ)サインを出すことは少ないんですけど、そういうのが色濃く(クセとして高校に行っても)出てしまうそうです」

他にも守備での細かな手の使い方から、足の踏み出し方まで指導をしているチームもある。打撃に関しても細かく指示を出すチームもある。否定はしないが、武蔵府中は極端な指導はせず、高校で野球を続けても困らないようなレベルまで上げようと努めている。

「打撃指導でもレベルスイングを基本にやっていこうと思っています。ボールの軌道にバットを合わすことで三振が減りますよね。子どもを指導する第1段階としてはバットに当てることが大事。それを基本としています。何も教えなくたって、たくさん打つ機会を与えてあげられれば、自分で気づくことができる。ちょっとしたアドバイスはしますよ。『こうしろ』『ああしろ』とかまで細かいことは言いません」

細かく求めるのは“報告”のみ、背後に隠された意図とは…

一方で細かく言っていることもある。武蔵府中では日課として300回をノルマとした素振りがある。自主練習とはいえ、監督に電話で報告するようにしている。目的は素振りをしたかどうかの確認ではない。そこでコミニュケーションを図っているのだ。

「私の携帯電話は午後6時から9時の間ずっと鳴りっぱなしです。入れ違いで取れなくても、私が受け取るまでは、留守番電話に入れることや、その後に電話をかけてこないといけない決まりにしています」

部員にアウトプットの上手、下手があっても当然だ。話をすること、気持ちを通わすことが重要と考えている。留守番電話の中身も十人十色。電話の向こうで“カンペ”を使っている子もわかる。うまく話せない子に保護者がそばにいて、次に喋る言葉を耳元でささやいていることもお見通しだ。

「こういう大人との会話ができていかないと、社会に出ても苦労する。そういったことを感じてほしいです。10歳年上と話ができるようになってもらいたい思いがあります」

将来を見据えた指導といっても、やり方は多岐に渡る。時代は変わっても、亡き恩師が導いてくれた教えすぎずに「考えさせる」アプローチが、昔も今も野球人を成長させる一つの手段といえる。

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