“ネタ元”ゼロで始まる深掘り取材 そのときに武器となるのは? 「権力監視型の調査報道とは」【3】

権力監視型の調査報道とは何か。実践では、何を指針にして、どう進めたら良いのか。この記事はそうした疑問に答えるために、日本記者クラブ主催・第10回記者ゼミの講演、および質疑(2015年11月27日、日本プレスセンター)で行われた講演をベースに加筆・再構成したものだ。主に新聞社・通信社の若手、中堅記者にを対象にして「何をすべきか」「何ができるか」を語っている。6年前余りのものだが、権力チェックを志向する取材記者にとって、今でも十分に役立つはず。今回は連載の3回目。(フロントラインプレス代表・高田昌幸)

◆公開情報の活用を まず「政治資金」「選挙資金」から

調査報道のポイント。その5番目は「日常的に公開されている情報の活用」です。キモは「その公開情報で何がわかるかを知ること」です。
若い記者に勉強のために勧めるのは、政治資金収支報告書と選挙運動費用収支報告書を読み込むことです。前者は、ご存じのとおり、政治資金規正法です。それから選挙運動費用は公職選挙法です。選挙運動員向けに「手引き」みたいな書物もありますし、そういったものを良く読んで理解して、「何が違法か違反か」を事前にしっかり頭に入れておく。そこがスタートです。

その上で、政治資金や選挙運動の報告書を全部チェックして、どこにおかしいところがあるのか、ないのかを調べていく。非常に地道ですけれども、資料分析の基本です。

記事資料の中に、香南市長、選挙事務所費「0円」というものがあります。これは、私が選挙運動費用収支報告書などの書類をチェックしていて、端緒をつかみました。私が高知新聞に入社したのは2012年4月ですから、記事はその1カ月後、5月ですね。郷里とはいえ、何十年ものブランクがあったわけで、事実上、取材の人脈もゼロ。何か調査報道をやろうと思っても、取っ掛かりがないわけです。だから、最初は公開資料に目を向けました。取材は若い記者と一緒にやりました。

選挙事務所の費用が0円とは、一体どういうことなのか、それを考えなければいけません。そのためには、先ほど言ったような、政治資金ハンドブックとか、「選挙運動員必携」とか、日頃からそういうもので勉強しておく。選挙運動員のために、あるいは政治家の秘書のためのマニュアルです。そこに書かれている物差しを頭の中に入れておく。そうすると、政治とカネの関係の中で、政治家たちは一体何を許され、何を禁止されているか、分かってきますし、こういう記事が書けるようになるんだろうと思います。

◆選挙運動費用の報告書、実は未提出者も少なくない

こういうこともありました。

琉球新報の勉強会に呼ばれ、「調査報道は最初に何をやればいいでしょう。政治資金とか選挙運動費用で何をできますか」と尋ねられた。そのとき、田舎の市町村議会の選挙になると、選挙運動費用収支報告書を出していない、あるいは大幅に遅れて出すという人が実はいます、と話しました。

公選法上は選挙が終わって14日以内に選管に選挙運動費用収支報告書を出さなければいけません。違反には罰則もあります。ところが、意外とみんな出し遅れたり、出していなかったりする。そこをまずやればいいのでは、と言いました。

取材は簡単です。各都道府県あるいは市町村の選管に行って、選挙運動費用収支報告書が提出された日付をチェックするだけです、原本をみながら。そうすると、あ、この議員、未提出だと。そんなのは、いくらでもあるでしょう。あしたにでも、すぐできます。

高知新聞でも、若い記者にやってもらったことがある。すると、長く議員をやっている人が、何年も選挙運動費用収支報告書を出していない、ということがわかりました。

「選挙運動費用収支報告書を出していなかったから何だというんだよ」とか、「形式犯にすぎないし、大問題ではない」とか、そういうことを言い出す人がいます。同じ取材記者の中にもいる。「政治資金の報告書の記載が事実と違うなんて、それがどうした?」という意見です。必ず出てきます。
でも、例えば虚偽報告の法定刑は確か、3年ですよ。懲役3年に値するようなことなんです。だから、放っておいていいわけないし、見つけたら取材して書くのは当然だろうと思っています。

◆登記簿を見て、たった1つの疑問を突き詰めていく

さらに資料をめくってください。「高木参議院議員が国土法違反」という1993年の記事です。古いものばかりで申し訳ない。それだけ皆さんとは世代が違うということです。

皆さん、国会議員の資産公開をみたことあると思います。年に1回、新聞の特集面なんかを使って、どどんと出ますよね。残念ながらというか、遅れているというか、インターネットでは公開されていません。情報開示請求する必要があります。もちろん、資産報告書だけを単に眺めているだけでは、何もわかりません。

私が北海道新聞時代にやっていたのは、国会議員とか知事とか首長さんの自宅の不動産登記簿を全部挙げることです。それを毎年更新します。そこがベースです。そうしていると、いろいろ分かる。資産報告とも見比べます。

高木正明議員(故人)は、あるときに自分の自宅を会社に売っているのが判明しました。どこの会社に売ったのか? 法務局へ行って会社登記の謄本を取って、売却先の会社を調べると、代表者が高木議員の親族だった。あれれ、です。取締役に議員本人の奥さんもいる。げげげ、です。いったい、これはどういうこっちゃ、と。自分の個人名義の自宅を、自分の親族が代表をやっている会社に売っているんです。しかも、会社の所在地は当の高木議員の自宅です。現地へ行っても、自宅です。会社の表札もない。帝国データバンクや東京商工リサーチで調べてもらっても、事業の活動実績はなにもない。いわゆるペーパーカンパニーです。

登記簿類を見ると、ペーパーカンパニーは高木さんの自宅を買うときに、銀行から7000万円ほどのお金を借りていました。抵当権が付いている。お金を借りて、その物件を買ったんですよ。変でしょう、どう考えたって。

例えば、私がペーパーカンパニーをつくり、自分の住宅をペーパーカンパニーに売るわけです。ペーパーカンパニーは私から買う。そのために銀行から7000万円を借りたんです。その7000万円はどこに行くか。私のペーパーカンパニーに、つまり、私自身のところに来るんです。これはいったい何だろうと思うじゃないですか。

この売買は選挙の直前でした。参院選の直前にお金を借りていました。当時は、都市部の地価高騰を抑えるために、一定面積以上の不動産売買には国土法の事前届け出が必要でした。札幌市長の許可が必要でした。その許可がない限り、銀行は融資しません、という形になっています。
ここまでが公開文書で得た疑問です。「なんじゃこりゃ」です。

◆「仮説に沿って丹念に取材する」ということ

「なんじゃこりゃ」に対しては、私なりの仮説がありました。選挙の直前、高木議員には相当額の資金が必要になった。大蔵政務次官です。銀行もむげにはできない。さりとて、そんな大金をくれてやることもできない。そこで、土地取引への融資という形にして、資金を議員側に出したのではないか、と。そうであったとしても、これだけでは単なる民間の商取引です。違法性も問えない。

しかし、国土法の届け出が出ていないとなると、これは国土法違反です。しかも、届け出を証明する書類がないと融資しないはずの銀行が、融資していたとなると、銀行の内規違反です。場合によっては、背任になりかねません。

実際の取材は、融資を実行した銀行から始めました。国土法の届け出書類がないと融資しないわけですから、当然、書類の提出を受けているはずです。高木議員の自宅売買で、ちゃんと国土法の届け出があったのかどうか。銀行は「答えられない」と言いました。それはそうですよね。個人の取引の記録ですから。

◆どうやって裏取りするか? 方法を考え抜く

届け出を受けて許可する側の札幌市はどうだったでしょうか。次に札幌市の担当部局に行き、同じことを尋ねました。すると、銀行と同じことを言います。個人の取引の話だから言えない、と。当然すぎるほど当然の答えです。困りました。ここを突破できないと、仮説を証明できないのです。

考えあぐねた挙げ句、札幌市のある大幹部を訪ねました。会ったこともなかった。このときのことはよく覚えています。朝一番でその方の執務室に行き、部屋の前で待ち構えていた。「はじめまして、北海道新聞の高田と言います。どうしても話を聞いてほしいことがあります。10分だけください」と。向こうは驚いて、そして招き入れてくれました。「いったい、なんだ?」というわけです。そこで一生懸命説明しました。自分はただ事実が知りたいのだ、と。届け出が出たか出ていないか、それだけを知りたいんだ、と。あなたは曲がったことが嫌いだと聞いているから来たんだ、と。そして、自宅の電話番号もペン書きした名刺を置いてきました。結局、10分足らずです。

このときほど、新聞社の名刺をありがたく思ったことはありません。フリーだったから、こうはいかなかったでしょう。名のある新聞社の記者として訪ねたから、会ってくれたわけです。このアドバンテージは調査報道にとって、極めて大きい。もちろん調査報道に限らないですが。

翌朝、朝一番で自宅に電話が来ました。「届け出、出ていないよ。間違いない。保証する」と。手短かな電話でした。彼の立場で「保証する」と言ってくれたら、100パーセントです。それがこの記事です。国土法違反。銀行も国土法の許可が無いのに、融資を実行していた。後に銀行に調べさせたら、国土法の届け出書類が未提出なのに融資を実行した案件は、過去数年間で1件だけありましたと回答してきました。それがまさに本件だったわけです。

おさらいです。高木議員の国土法違反事件、この報道の端緒は何か。

政治家の資産報告書と自宅の土地登記簿と、それに関連する会社の商業登記簿と、それを突き合わせてずうっと見た。ただそれだけです。それが端緒です。ネタ元に相当する人はいません。内部告発もありません。

それともう一つ、調査報道に限ったわけではないですが、取材には知恵と執念が必要だろうと思います。取材は体力勝負じゃない。知恵の勝負です。何時間も誰かの家の前で立って待ち続けることが取材ではないし、その長さを執念とは言いません。頭を使い、知恵を絞り、しつこく考え続ける。それが重要なのだろうと思います。

◆「ネタ元不在」の調査報道

お配りした資料の最後に「高知工科大含み損1.4億円」という見出しの記事があります。

最近は、国公立大学だけじゃなく私立であっても、大学のホームページなどを見ていると、「情報公開」があります。そこをクリックしていくと、学校法人の役員とか、いろんなものが出てきます。その中に「決算報告」というのが入っています。その決算報告をクリックしてみていくと、年度ごとの決算書が出てきます。

高知工科大の場合は、過去5年だったかな、ホームページ上で公表されています。その公表されている決算のバランスシート、損益計算書ではなくて貸借対照表のほうですが、それを年度ごとに5枚並べてみていると、大きく変動している項目がありました。細かいので、説明は省きますけれども、資産が妙に変動していることがわかった。一体これは何だろうと思って、ずうっと決算書の附属明細書などを見ていくと、元本保証のない金融商品を多額に買っているということがわかってきました。何枚か並べて経年変化を追っているだけです。銘柄も附属明細書に出てくる。後は、証券会社に照会して、価格の変動とか取引条件とか聞いて、それでこの時点で含み損が1.4億円あると分かった。国公立大学なのに、これでいいのか、という記事として書きました。

これは記事になった後、大学関係者から「共産党から情報が行ったのか」みたいなことを言われました。実際は単純に決算書を並べただけです。つまり公開資料だけで分かることもある、という実例です。そのためには、ちゃんと決算書を読み込む一定程度の力は必要です。私はバランスシートを読めるようになろうと、30歳になったなかりの頃、ずいぶん勉強しました。簿記の本も買い込んで。それが生きたわけです。

=つづく(第4回は2月3日公開予定)

■連載「権力監視型の調査報道とは」
<第1回>調査報道は端緒がすべて それを実例から見る 」
<第2回>まず記録の入手を 誰がその重要資料を持っているのか? 」

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