「全世界的な盛会」?

 クレーンにつり下げられた鉄球が古い建物を打ち砕く。市川崑(こん)監督の記録映画「東京オリンピック」(1965年)は家屋の破壊シーンから始まり、次に東京・銀座の大通りの画面に切り替わる▲古い物を壊す。その上に繁栄がある。高度成長期の日本の影と光を描いたのだろう。戦時からの「復興の証し」として、最初の東京五輪は開かれた▲成長の階段を駆け上る姿を世界に見せたい。その熱意とどこか似通っている。2008年、「一つの世界 一つの夢」というスローガンを掲げて開かれた北京夏季五輪は、これから中国は国際社会の輪に入るのだ、と高らかに宣言する場になった▲「民族の悲願」とまでいわれた大会から14年、大国化し、自信をつけた今の中国の国民には、開会中の北京五輪を「夢」と語るような熱気はないらしい▲新型コロナを警戒した厳しい規制にうんざり気味とされ、対照的に国力の宣伝に熱を上げる指導部の張り切りようが際立っている。人権抑圧を巡る米国などの外交ボイコットをよそに、中国の国営メディアはこの五輪を「全世界的な盛会」と持ち上げた▲映画「東京オリンピック」は「平和の祭典」への問い掛けで終わる。〈人類は4年ごとに夢を見る。この創(つく)られた平和を夢で終わらせていいのであろうか〉。問いは今に通じる。(徹)

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