1日100万回

 ボクシングに「クリンチ」という守りのテクニックがある。連打から逃げようと、相手の体に抱きつき、くっついて、攻撃を止める。同じように政治の世界にも「抱きつき」という戦術がある▲連打を受ける前に、先回りして相手に同調して見せる。そうして攻撃の手を緩めさせる。岸田文雄首相はこの「抱きつき」をさらりとやってのける時がある▲支給は現金5万円、クーポン5万円分のはずなのに、いきなり「現金10万円」を容認した。唐突だ、と野党に突かれて、首相が「野党の皆さんの声も受け止めた結果」とかわしたのも、抱きつきの一例だろう▲いつになれば目標を示すのか、と追及の構えだった野党にすれば、またも拍子抜けに違いない。新型コロナのワクチン3回目接種について、首相は国会で「1日100万回」とあっさり表明した▲さらりと野党に抱きついたが、これを「攻められる前の先回り」とは言い難い。目標を語っても、達成できなければ非難される。それを恐れて首相は言わずにいたが、思いのほか接種回数は伸びない。焦った末にやっと語ったとみられる▲欧米にずいぶん遅れを取りながら、これから接種を加速させると息巻く姿が、前の首相と重なって見える。後手に回って、それでも前のめりを演じる戦術は、もう見納めにしたい。(徹)

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