フィルム包装

 〈本は実に不思議な商品だ〉〈購買に至るまでの情報量が圧倒的に不足している〉-諫早市出身の作家、垣根涼介さんは人気連作シリーズ「君たちに明日はない」の中の一編「さざなみの王国」で、主人公の書店員にこんな“独り言”を言わせている▲〈ちょっと見聞きしただけでは内容がほとんど分からない〉〈題名や帯で筋立てや主題がある程度分かっても…文章の質感や雰囲気、書き手の世界観に読み手が感じるものがあるかどうかを知ることはできない〉-久しぶりに読み返して改めてうなずいた▲垣根説によるなら「立ち読み」も情報量の不足を補完する自然な行為であり、貴重な機会なのだと言えそうだ。ところが、最近の書店にはフィルムできっちり包装された本がずいぶん増えた▲元々は消費税額を含めた価格の「総額表示」への対応が目的だったようだ。これに加えて、新型コロナの流行などに伴う社会全体の“清潔志向”がフィルム包装を後押ししているらしい▲異論は根強い。試しにページをめくることができずに未知の本や著者との新たな出会いが減るのは出版社や書店にも損失、プラスチックごみも増える、と▲立ち読みはしたいが買うのはきれいな本を-という筆者の勝手な言い分はともかく、作家の皆さんはどう考えているだろうか。(智)

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