2月22日は「猫の日」 人間との共生、実現へ 長崎・茂木地区の挑戦

不妊・去勢手術を済ませ、片方の耳の先端がカットされた猫=長崎市茂木町

 2月10日午後。長崎市茂木町の茂木港ターミナル近くの空き地。聞き慣れたエンジン音に反応し、どこからともなく猫が集まってきた。車から降りた女性を十数匹が取り囲む。
 「グルグル」。喉を鳴らして女性の足に体をこすり付ける猫も。いずれも片耳の先端が「V」字にカットされている。不妊・去勢手術を済ませた証しで「さくら猫」と呼ばれる。
 女性は市内在住の境さとみさん。週2回、茂木に通っている。境さんのようなボランティア6組7人が毎日交代で餌を与えながら、けががないか、体調に変化はないかを観察し、猫用トイレや周辺を清掃。この日も寒空の下、約1時間半「地域猫活動」が続いた。

 橘湾に面し、漁業が盛んな茂木地区。かつて「猫は町の風景に溶け込んでいた」が、近年、ふん尿や鳴き声などの“被害”が多発。住民間のトラブルに発展するケースも出ていた。人間と猫が再び共生することはできないのか。同地区では住民とボランティアが協力し、行政の手も借りながら解決に向け動きだした。22日は「猫の日」-。

◎進む「TNR」 広がる理想の輪 ボランティア・餌やり、ふんの掃除/自治会・「セミナー」開催

ボランティアの女性に餌をもらい、「カリカリ」とおいしそうに食べる猫=長崎市茂木町

 空前の猫ブーム。ペットとして飼うだけではなく、グッズや猫カフェで癒やされる人も少なくない。一方、不妊・去勢されていない野良猫が増え、ふん尿などが原因で住民同士のトラブルになるケースも。さらに、長崎市や佐世保市は全国でも殺処分数が多いことで知られる。猫は人間から愛されているのか、そうではないのか?
 長崎市茂木地区でも、猫が住民の間に亀裂を生む原因となっていた。「ボランティアの力を借りながら解決できないか」。茂木校区連合自治会長の池山耕治さん(67)はそんな思いで昨年7月17日、茂木地区ふれあいセンターで「身近な地域の野良猫を考えるセミナー」を開催。地元住民ら約40人が集まった。
 茂木コミュニティ連絡協議会の生活環境・安全安心部会主催。地域猫活動をしているボランティアや市動物管理センターの松永唯史所長が講師を務め、飼い主がいない猫を捕獲、不妊・去勢した上で地域に戻す「TNR」を紹介。住民やボランティアが餌やりやふんの掃除を続けることで人と猫が共生できる「地域猫活動」に発展していくと語り掛けた。

菅原さんに促されて捕獲器に入る猫=長崎市茂木町

 第2部は「懇談会」。参加していた地元の男性が手を挙げ、せきを切ったように猫による被害を訴え始めた。「何年も猫の被害で悩まされている」。和やかだった会場の空気は一瞬で張り詰めた。
 男性によると、近隣住民が餌を与え続けた結果、次々に猫が繁殖。自宅庭がふん尿の被害に遭っていた。この男性以外にも、数人が野良猫による生活環境被害を訴えた。「飼い猫以外に餌を与えるべきではない」「室内で飼うべき」などの意見が出た。
 こうした声に同市魚の町で地域猫活動に取り組む「長崎さくらねこの会」代表の山野順子さんが反応した。不妊・去勢をせずに餌をやり続ける住民が他の住民とトラブルになったケースをかつて経験していた。
 山野さんは餌やりをしている人に会い、「不妊・去勢手術をさせてください」と依頼したと説明。「最初は『お前は鬼か』と言われて追い返された。でも何カ月も通い続けるうちに少しずつ話ができるようになった。寂しさや孤独感で心が凍り付いている人もいる。歩み寄って解かしていくことが大切だと思う」と静かに呼び掛けた。
 池山さんはそれを頷きながら聞いていた。閉会あいさつで「きょうのセミナーを出発点にして地域の課題として考えていきたい」と決意を述べた。

 8月上旬、池山さんは茂木校区連合自治会内の自治会長や茂木港で地域猫活動をしているボランティア、市動物管理センターの松永所長らに声を掛け、第1回対策会議を開催。ボランティアの一人、菅原裕美子さん(40)はTNRの協力を依頼され、快諾した。
 10月、住民の了解が得られた自治会からTNRを始めた。手術にはメスの場合2万円、オスは1万円程度必要だが、長崎市の「まちこねこ不妊化推進事業」を活用。費用を1匹2千円に抑えることができた。

人と猫の共生について考えたセミナー。講師の話をメモする連合自治会長の池山さん(右端)=長崎市、茂木地区ふれあいセンター

 ただ、捕獲は難航することも。人から餌をもらっているとはいえ、警戒心の強い猫も多いからだ。菅原さんたちは捕獲器に入るように「おいで」「大丈夫だよ」と優しく声を掛けながら餌で誘導。入った瞬間、「ガシャン」と金属製の扉が閉まる仕掛けだ。驚いて暴れる猫に「ごめん、ごめん。びっくりしたね」。こうした猫とのやりとりを地道に続け、12月までに30匹近くを捕獲。手術を済ませて地域に戻した。
 菅原さんたちに協力しながら活動を見守ってきた市茂木地区ふれあいセンター所長の岩永一富さん(66)はこう思うようになった。「寒い日に1匹の捕獲に何時間もかかることがあった。病院に連れて行き、戻すまでに3日くらい。根気強くやってくれている。これからは地域住民が主体的に関われるように働き掛けていきたい」
 今年2月中旬、住民の一人が「ボランティアの皆さんに渡してほしい」と同センターにお菓子を持参した。昨年7月のセミナーで猫による被害を訴えた男性だった。ボランティアたちの熱心な活動は確かに、住民たちの心を解かしていた。

 専門家として、地域住民とボランティアとの橋渡し役となった市動物管理センターの松永所長。猫にまつわる多くの事例に関わってきた経験を踏まえ、茂木地区の試みをこんなふうに見ている。
 「こんなにうまくいくことはなかなかない。ボランティアの皆さんは猫のために、そして自治会の皆さんは地域のためにという情熱や責任感で前向きに取り組んでいる。どちらが欠けてもここまではできなかった」。
 厄介者扱いされてきた野良猫が地域猫となり、人と人を結び付ける役割を持ち始めたようにも思える。人と猫、どちらも幸せに暮らせる町に。そんな理想に少しずつ近づいている。


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