諫早湾の現実 捉えて30年 映像作家 岩永勝敏さん死去 82歳 漁業者の営み、生物に肉薄

30年かけて干潟の海の変化を記録した岩永さん=諫早市中田町の自宅、2017年4月撮影

 約30年間、諫早湾や有明海の希少な生物や干潟を撮影してきた長崎県諫早市のドキュメンタリー映像作家、岩永勝敏さんが2月27日、病気のため死去した。82歳。カメラを手に腰まで干潟に漬かり、漁業者の営みや生物に肉薄した映像はそれぞれへの敬愛に満ち、国内外で高く評価された。対立が続く国営諫早湾干拓事業の開門調査問題とは一線を画し、レンズを通して衰退する海の現実と真摯(しんし)に向き合った生涯だった。
 諫早市出身。高校卒業後、上京してフリーカメラマンとして活躍。1987年、干拓事業の開始を知り、消えゆく古里の原風景を記録しようと帰郷。1作目の「干潟のある海 諫早湾1988」は92年の国際海洋ドキュメンタリー映画祭で金賞を受賞。多様な伝統漁法を追った4作目「今、有明海は 消えゆく漁撈(ぎょろう)習俗の記録」は2006年、文化庁文化記録映画部門で大賞に輝くなど、「諫早湾シリーズ」5作品は評価されてきた。
 干潟の写真を撮影していた諫早市の富永健司さん(81)は高校の一学年下で、初期の諫早湾シリーズ制作に協力。「豪快だが内面はナイーブ。潟土に入って撮影する手法は潮が満ちてくると、身体が飲み込まれる危険があった。命懸けで誰もまねできない」
 2017年に完成した「苦渋の海 有明海1988-2016」。「干潟の海の変化を追った完結編」と位置付け、本紙取材にこう答えた。「開門問題とは関係なく、世界の環境変化を考えると、有明海の再生は難しい。人間の愚かさが根底にある」。監修に関わった富永さんは「顔をしかめて今の海を見ていたから、『苦渋の海』と題したのではないか」と推し量る。
 「2019年某月、享年80歳にて死去致しました。今後、一切お構い無くお忘れ下さいます様」-。19年初め、岩永さんが知人らに送ったはがき。その直後、脳出血で倒れて以降、3年余り病床で過ごした。
 行きつけだった大村市西本町の料理店「おるびす」の岩本尚洋さん(66)は「はがきに怒って連絡しなかったら、『届いた?』と電話してきた」と憎めない人柄を振り返る。「誰とでもすぐ仲良くなる愛にあふれる人。漁業者を追ったドキュメントは、一人では声を上げられない人たちの話を記録して、正義感の強いおっちゃんだと思った」
 四半世紀、連れ添った妻の直子さん(73)は「物事や人の表面だけでなく、その奥底に潜む真理を読み取っていた。言いたいことを言い、突然、行動する人だったが、生きとし生けるものすべてに優しかった」と語る。葬儀は、はがきに書かれていた通り無宗教で営み、好きだったジャズを流し続けた。


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