農業と先進事例 効率化進むが減る担い手 諫早 2022長崎知事選 まちの課題点検・11

基盤整備された農地でジャガイモ作付けの準備をする中山さん=諫早市飯盛町

 小高い台地から、雲仙岳と橘湾を望む長崎県諫早市飯盛町牧野地区。2月上旬、基盤整備された赤土の農地は特産のジャガイモの作付けシーズンを迎えていた。「海に近くて温かい風が吹く。ここは土質も気候もジャガイモ作りに合っている」。中山茂光さん(62)がそう言って大地を見渡した。
 家業を継ぐため、高校卒業後の18歳で就農。両親を手伝い始めたが、仕事は大変だった。「昔は小規模の農地が分散していた。畑一枚一枚の形も悪く、勾配もあった」。雨が降ると土が流れた。それを戻す「泥上げ」は苦労を伴った。
 農地を造成・集積し、排水路などを設ける県の「担い手育成畑地帯総合整備事業」に合わせ、一帯の営農者らが管理主体となる公共組合「飯盛北部土地改良区」(現在は南部と合併し、飯盛土地改良区)を立ち上げたのは30代の時だ。南部と合わせ、総事業費約97億6800万円をかけた事業は2011年度に完成。3地区計316ヘクタールが区画整理された。
 変わったのは景色だけではない。基盤整備された農地はトラクターなど大型機械の導入を容易にした。営農者仲間と共同機械利用組合を設立し、初代組合長に就任。機械導入で農作業の省力化・効率化が進んだ。農地集積と機械化の結果、生産規模も拡大し、現在の作付実面積は小作地も含め430アール(延べ面積は820アール)。就農時の約3倍だが、「労働時間は平均して2、3割減った。一番、時間のゆとりができたのは妻。規模拡大で収入も増え、私の代になって赤字は一度もない」。
 今、長男竜斗さん(30)が中山さんの下で修業を積む。後継ぎができたことに安堵(あんど)するものの、心配がないわけではない。ジャガイモ収穫の農繁期、顔なじみの作業員5、6人を毎年、臨時で雇うが、そのアルバイトも高齢化し、ほとんどが70代。最近、こんなことを言われる。「私たちも、あと5年ぐらいしか来れんよ」。年々、農業の人手確保が難しくなっていることをひしひしと感じる。
 中山さんが遠くを指さした。「あの辺は昔、ジャガイモ栽培のマルチ(保温シート)を張った風景がここからも見えていたけど、今は全部荒れている。後継者がいないからだと思う」。その横顔は、どこか寂しげだ。
 農林業や農山村の変化、現状を把握するため、農林水産省が5年に1度まとめている農林業センサスによると、本県の農業経営体のうち、個人経営体の基幹的農業従事者(農業を主な仕事とする人)は20年、2万5107人に減少(前回調査の15年比21.2%減)。65歳以上が61.7%となり、15年比4.1ポイント上昇した。経営耕地面積の減少にも歯止めを掛けるには至っていない。
 「厳しさは全国的に同じだが、特に本県は、広大で平たんな土地が少なく、大消費地から離れているという不利な条件を抱えている。担い手だけでなく、地元市場が小さくなる人口減にも直面している」。こう語るのは、県の「新ながさき農林業・農山村活性化計画」(16年度から5年間)を検証した推進委員会で会長を務めた木村務・県立大学長(72)=農業経済学=だ。
 一方で、本県の農業の可能性も指摘する。厳しい現実の半面、露地野菜や肉用牛での規模拡大の取り組みが進展したことなどが奏功し、本県の農業産出額は全国で唯一、17年まで8年連続で増加した。
 木村氏は「多様な地域性、土地の条件を生かし、広大な平野地がある他県では生産しないような物もどんどん伸ばしてきた。スーパーの生鮮コーナーは、本県産だけで(多くの品目を)並べることができる。ただ、ロットが小さい。(市場への)売り方は非常に重要だ」と強調。農地の基盤整備や情報通信技術(ICT)の導入、「農家の負担になっている」除草作業の機械化なども課題だとし、行政にはその推進、支援を求める。
 畑で、中山さんがかけた農機具のエンジンがうなった。「農業は誰にも束縛されず、自分の思い通りにできる。いい作物ができた時が一番の喜び。学びに終わりはない。今は技術と知識、経験を息子に伝えるのが私の役目。先祖から受け継いだ農業を守りたい」。そう力を込めた。


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