「あんかけ」や「セーラームーン」が研究の原点だった 東大生たちがプレゼンする、工学の〝狂おしい〟ほどの魅力

「これうまくいったら世界変わっちゃうんじゃない?」という思いを抱いて研究に取り組む女性(YouTubeより)

 東京大学工学部や大学院工学系研究科の学生らが、1人ずつ登場する動画投稿サイト「YouTube」が面白い。工学というとっつきにくい学問に取り組む楽しさを、5~6分の映像で伝えている。高校時代に「あんかけ丼」を最後まで熱々でおいしく食べる方法を研究した学生や、「ロボコンで優勝するためなら何でもやる」とサークル活動や研究に没頭する学生、文系で入学したのに3年から「リケジョ」に転身した「美少女戦士セーラームーン」をこよなく愛する学生など、個性が光っている。

 「工学の楽しさや魅力が中高生に伝わっていない」と憂えた教授らが、学生が抱いている「狂おしいほどの衝動や情熱、使命感」をそのまま動画に収めた。立ち上げたサイトは「狂ATE(CREATE) THE FUTURE」で、映像はYouTubeで公開している。主なターゲットは中高生で、目指すのは「すごいけど、何をやっているのか分からない」というイメージからの脱却だ。最先端の研究に身を置き、未来を創ろうとする彼ら彼女らが語る。(共同通信=河村紀子)

 ▽「自然っておもしれー」

 「『これうまくいったら、世界変わっちゃうんじゃない?』って言いながら実験してたりして、それはやっぱりめちゃくちゃ楽しいですね」「自然っておもしれー、みたいな」。映像を見ていると、学生の“素”の声が印象に残る。

子どもの頃から好きなロボットづくりに没頭する男子学生(YouTubeより)

 第1弾として公開した映像は、学生を1人ずつ紹介。研究内容も盛り込んでいるが、専門的で難しい内容は最小限にとどめ、子どもの頃に興味を持っていたもの、今自分が取り組んでいる研究でつくりたい未来について多く伝えている。

 子どもの頃、ロボットアニメを夢中で見て育った男子学生は、今も自他共に認めるロボット好き。「ロボコンで優勝するためなら何でもやる」とサークルで製作に取り組み、ロボットが社会に不可欠なものとして活躍する未来を描く。

 高校時代にあんかけの保温効果を研究していたという女子学生は今、「研究と社会の橋渡しに興味がある」と製薬の研究に没頭している。

高校時代に取り組んだ「あんかけ」の研究について説明する女子学生(YouTubeより)

 ▽文系出身から「スターになりたい」

 「映像に出たことで、自分自身でも分かっていなかったような原点に気付くことができ、良い機会になった」と話すのは石田美月さん(26)だ。 根っからの「リケジョ」かと思いきや、もともとは文系。神戸女学院中・高時代の目標は国連職員など社会問題を解決する仕事で、「数学が苦手で、理系を選択肢として考えたことすらなかった」と振り返る。

 東大には、主に文学部や教育学部を卒業する学生が多い文科三類で入学した。教養課程では「いろいろな授業を受けてフラットに自分の将来を考えてみよう」と、文理問わずさまざまな授業を受ける中、理系の面白さを知り、学部3年から工学部に進んだ。

映像で工学の魅力を語る石田美月さん(YouTubeより)

 現在はシステム創成学専攻の博士課程で金属鉱山の研究に取り組み、国内では新たな資源が乏しく活用が難しいとされている課題を解決する「スターになりたい」という夢を持つ。

 ▽セーラームーンのアクセサリーで記者会見

 映像の中で、石田さんの原点として紹介されているのが、子どもの頃から好きな「美少女戦士セーラームーン」。市販のグッズだけでなく、登場人物の名前が付いた鉱物もコレクションにしている。「好きだったものが結果、研究につながったので、やっぱりやめられないなと思った」と笑う。 

 映像では、将来鉱山研究のスターになった暁には、セーラームーンのアクセサリーやブローチをさりげなく身に着けて記者会見に臨むという“野望”があると語り、「分かる人が見たら『あの人ガチ勢だ!』って思ってもらえるっていうのをいつかやりたいです」と目を輝かせる。

 映像を見た人から声をかけてもらうことも増えたという。石田さんは「改めて工学部の幅広さを知ることができ、個々人の経験や思いを発信していくことが大事だと感じた」と話す。映像企画は、参加した学生にもいい影響を与えているようだ。

 ▽「むしろ東大だから今やらないと」

 今回のような映像による発信を検討し始めたのは2年前。きっかけは、中高生らが「東大」や「工学部」に対して薄いイメージしか持っておらず、企画メンバーの1人である脇原徹教授(45)らが危機感を持ったことだという。

取材に応じる東大の脇原徹教授(右)と石田美月さん=1月、東京都文京区

 記者が「国内の最高学府として毎年多くの受験生が志す東大が、わざわざ新たな試みをしなくても、学生は集まるのでは?」と疑問を投げ掛けると、脇原教授は「むしろ東大だから、今やらなければいけないんです」と力説した。

 「中高の理科は理学部の学びに直接つながるものが多い。理学部的な内容は中高生にも理解され、興味を持たれるが、工学部の学びは分かりにくさがある」と脇原教授。東大についても「頭が良い」「すごい」というイメージは持たれるが、実際どんな学生がいるのかは知られていないという。

 抱える課題は、女子学生の少なさもある。大学全体で女子学生の割合はわずか2割。工学部も昨年5月時点で、学生約2100人のうち、女子学生は約220人にとどまる。

 ▽コロナ禍が落ち着いたら対面イベントも

 「本人に適正があるのに、知られていないまま違う分野に進むことがあったら悲しいこと。楽しさや魅力が中高生に伝わっておらず、東大のアピールは全然足りていない」。脇原教授ら教員と有志の学生は、どうしたら自分たちの思いを発信することができるか、と何度も話し合いを重ね、企画のコンセプトを練り上げていった。

 生まれたのが「狂おしいほどの衝動や情熱、使命感を持って研究し、未来をつくろうとする学生をそのまま取り上げよう」というアイデアだ。

 今後も続けていく方針で、若手教員を映像で取り上げることも検討している。新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いたら、対面で魅力を伝えるイベントも計画していきたいという。

 「東大だから」と待ちの姿勢を取らず、自分たちの方から打って出る。脇原教授は「工学分野を目指す人が増えるよう、発信を続けたい」と意気込んでいる。

「狂ATE THE FUTURE」のサイトはこちら

 https://park.itc.u-tokyo.ac.jp/createthefuture/

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