勝利至上主義ならば「全員を使うべき」 智弁和歌山・高嶋仁前監督の少年野球論

智弁和歌山・高嶋仁名誉監督【写真:荒川祐史】

甲子園最多の68勝の名将が見る少年野球の世界

智弁学園、智弁和歌山を率いた高嶋仁さん(現・智弁和歌山名誉監督)。2021年、多くの指導者講習会や野球教室に出席し、未来へ提言をしてきた。指導者が見るべき「現実」、一番目を向けるのは「控え選手」のこと……。誰のための野球なのか。甲子園最多の68勝を挙げた監督が考える少年野球のチーム作りに迫った。

2021年、夏のことだった。甲子園球場では長く指揮を執った智弁和歌山が頂点を目指して、戦っていた。名誉監督となり3年目。一歩離れて、野球を見ていると沸々と感情が出てくる。高校野球界を牽引してきた名将に「今、野球のどのようなことに携わりたいですか?」と聞くと、間髪入れず「少年野球の現場を多く見たいです」と返ってきた。

高嶋氏の地元、和歌山・紀の川で行われたある教室での一コマ。少年野球10チームの選手たちに「嘘言ったらあかんぞ。みんな、野球が好きか?」と聞いた。手を上げたのはたったの3人だった。高嶋氏は分かっていたかのような顔で、次の質問をした。

「監督やコーチがもう少し優しかったら、野球が好きになる人、手を上げてください」

全員が手を上げていた。高嶋氏の次の言葉は、監督、コーチ、保護者に向けられた。

「大人の皆さん、これが現実です。これを分かって、指導してください」

野球界で叫ばれる野球人口の減少。それは少子化や野球をやる環境が減っているからではないと断言する。

「底辺を拡大しよう、しようと言っていますが、そうじゃない。大人のせいで野球を嫌いになっているんです。小学生だって、勝負ごとは大事と思っている。彼らはまだ“勝った”“負けた”(が判断基準)なんですよね。別の子が投げて勝ったら、自分は面白くない、と思う子も当然います」

細かいことは高校に入ってからでも遅くない。その細かい部分に指導者は叱責する。純粋に勝った、負けたを楽しませる。打った、投げたを楽しませることで十分だ。気が付いていない大人が多いことに問題提起する。

質疑応答の最後はこのように締めくくった。

「野球嫌いになったらあかんで。続けてよ。智弁和歌山に来いよー!」

このような活動から実際に伝統のユニホームに袖を通した選手もいた。2000年の夏の甲子園、投手と外野手として大活躍し、優勝に貢献した山野純平さんも高嶋氏が小学校の時から知っていた選手だったという。

智弁和歌山・高嶋仁名誉監督【写真:編集部】

勝利至上主義のチーム方針が生む難しさ

野球を「嫌い」になってしまう理由はいくつかある。勝利から学べることも多いが、こだわりすぎると試合に出られない子が出てくる。試合に出られずチームを去る子も少なくない。

「勝利を求めることはいいことです。喜びが増えることもわかる。でも、勝つんだったら全員を使って、勝てと言いたい。レギュラーばかり使っていては、補欠の選手は辞めていってしまう。私が48年間、監督をできたのは、補欠を大事にしてきたからだと思っています」

智弁和歌山は1学年の人数を約10人に絞っているのは有名な話だ。高嶋氏は少数精鋭でチームを作ってきた。人数が少ない分、控え選手が打撃投手など“裏方”にまわるケースもある。そんな選手の気持ちを尊重してきた。

「補欠がいないと練習できないんですよ。4番打者が育たない。レギュラーには『誰のために野球をするのか?』と聞いてきました。自分のため、チームのため、学校のため……。私は『4番のために投げてくれている補欠ために野球をしてほしい』とうるさく言っています」

周りより下手くそでも構わない。それでも、使う場所を考えてあげるのが指導者の責務だ。高嶋氏は監督時代、夏の甲子園出場が決まった時、一番最初に考えるのが、レギュラー以外の選手の起用方法だった。

「甲子園で7イニング目から使うとか、守備だけで使うとか、ね。伝令になるかもしれません。だから、1回戦で負けては困るんです。勝ち進めればチャンスがありますから。負けてしまって、使うことができなかった選手がいたら私は謝ります」

高嶋氏自身も海星(長崎)で過ごした高校時代、故障から投手を諦め、外野手に転向した経緯がある。試合に出られない辛さを身を持って感じていた。だから、控えの選手の気持ちが痛いほどわかる。

野球は試合に出てこそ、その面白さがわかる。コロナ禍で思うように動けないが、高嶋氏は講演や野球教室など呼ばれれば出来る限り、野球振興に携わっている。そして「野球は好きか?」と子どもたちに問いかける。1人でも多くの子が、迷いなく手を上げるために、まだまだ野球人としての闘争心は消えていない。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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