予想通りにいかないから楽しい 交代と退場で風景が変わった試合

J1 札幌―横浜M 横浜Mと引き分け、引き揚げる菅(4)ら札幌イレブン=札幌ドーム

 サッカーは奥深いし、難しい。複雑な要素が満載されたスポーツだ。あらためて思い知らされたのは3月12日のJ1第4節、北海道コンサドーレ札幌対横浜F・マリノスの試合だった。日本のファンは、他の国と比べてもサッカーを「型」に当てはめて語るのが好きな感じがする。日本代表に対する評論を見ていても、フォーメーションや戦術に当てはめて語るものが非常に多い。ところがフォーマットが決まっていても、そう簡単に予定通りにはいかないんだよ、というのが、この試合だった。

 札幌はウイングバックを両翼に置く3―4―3。マリノスは3トップのFWの両翼がライン際に張り出した4―3―3。試合は、前半と後半ではかなり異なった表情を見せた。

 前半に主導権を握ったのはマリノスだった。得点にこそつながらなかったが、右ウイングのエウベルが面白いように自由にプレーできた。エウベルは、とてもつかまえにくいポジションをさまよっていた。札幌から見れば3バックの左に空いたスペースだ。マーク役を担うはずのウイングバックのルーカスフェルナンデスの後方。左CB福森晃斗の外側。2人が迷う位置取りだ。前半、マリノスはこのスペースを徹底して使った。

 前半25分、中央のアンデルソンロペスから右に展開されたパスをエウベルがシュート。前半30分にエウベルの右からの折り返しをアンデルソンロペスが右足ダイレクトで合わせた。さらに38分には中央から展開されたパスを右サイドからエウベルがフリーで狙う。どれもが「1点もの」の決定機だった。これに立ちはだかったのが37歳のGK菅野孝憲だ。GKとしては小柄だが、抜群の反応と狂いのないポジショニングは芸術品ともいえる。そのファインセーブが劣勢だった前半のピンチをすべて救った。

 あれほど躍動していたエウベルが、後半、札幌の選手1人の投入でまったく影を潜めてしまった。エウベルをもてあましていたルーカスフェルナンデスを右に移し、左サイドに菅大輝が交代出場。このペトロビッチ監督の交代策がズバリと当たった。フォーメーションやシステムを変えたわけではない。ただ役割を変えただけ。守備も攻撃も中途半端だったルーカスフェルナンデスとは違い、菅はエウベルを抑え込むことを優先した。効果はてきめん。菅のタイトなマークを嫌ったエウベルは、後半15分すぎには逃げるように左サイドにポジションを移した。

 さらに札幌の得点のアシストとゴール。それが後半20分に投入した荒野拓馬と、菅だったことを考えれば、ペトロビッチ監督の采配は攻撃でも当たった。後半25分、左サイドでボールをつなぎ、福森が縦パスを入れる。それを荒野が右足のヒールあたりでフリックした。菅は送られたラストパスを受けて強引にカットイン。「クロスも考えたが、思い切ってシュートに持ち込んだ」。一度はマリノスの小池龍太に引っかかったが、こぼれ球が目の前に。コースは限られていたが、得意の左足を迷わず振り抜いた弾丸シュートはゴール右端に決まった。

 不思議なものだ。サッカーではある役割を与えられた選手が、それ以上の活躍を見せることがある。この日は「相手の7番(エウベル)を抑える」というペトロビッチ監督の指示で投入された菅が先制点を奪ったのだ。

 リードしてから、札幌は組織的な守備でマリノスにチャンスをつくらせなかった。その中で攻めに出るマリノスのDFラインの裏を突いて決定機をつくる。後半39分、荒野がロングパス。小柏剛が抜け出しGKとの1対1の局面をつくり出した。これを決めれば、勝敗は決しただろう。しかし、GK高丘陽平が素晴らしいブロックを見せた。この瞬間が勝負の分かれ目だった。不運だったのは、このプレーで小柏が負傷退場したことだ。交代枠を使い切った後だったので、新たな選手も入れられない。札幌はアディショナルタイムの4分も含め、残り約10分を10人で戦うことになった。

 1点のリード。しかも1人少ないことで、札幌はゴール前に厚い守備網を築いた。途中退場にもかかわらず、この試合で両チーム最多のスプリント32回を記録した小柏。その前線からのプレスを失ったことで、自陣で守り切ることを選択したのだ。守備網の外側でマリノスはほぼフリー。自由にボールを回すことができた。

 そして、時計は後半49分に。マリノスは最後方から上がった実藤友紀が右サイドに張った小池にパス。そのままゴール前に走り込んだことで、結果的に相手のマークにつかまることがなかった。小池が上げたゴール前へのクロス。宮沢裕樹とヘディングで競り合ったアンデルソンロペスのボールがゴール右に落ちる。それがちょうど実藤の走り込んだ場所だった。サッカー漫画に登場するようなオーバーヘッド。「感覚的なものでした」という劇的な同点ゴール。決まった直後に試合終了のホイッスルが鳴った。

 札幌は昨季までにJ1で99勝。今季になって前節まで3試合すべて引き分け。目の前にあった区切りの100勝が、この日も幻のように消え去る結末となった。

 「型」にはめれば、ほぼ予定通りにいくものではない。この試合を見てそう思った。そんなにこのスポーツは単純ではない。1人の選手交代で流れが変わった。1人の負傷退場でプレスが機能しなくなった。予想通りにいかないから、サッカーはきっと楽しいのだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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