指揮官“解任”された内閣府 研究機関も不可解な変遷 迷走する国の自殺対策(下)

By 佐々木央

2016年3月まで自死対策の司令塔だった内閣府の入る中央合同庁舎8号館

 日本で自死した人は1998年に3万人を超え、2011年まで3万人台が続いた。深刻さが認識されて自死対策基本法が制定されたのは06年。翌年には国の施策の指針を示す自死総合対策大綱が策定され、自死対策の取り組みは本格化した。しかし、この数年、自死対策に“異変”が続いている。(佐々木央=共同通信)

 ■厚労省に仕切れるのか

 当初、自死対策を主管したのは内閣府だった。

 一人の人が自死に至る要因は、ほとんどの場合、単純ではない。いくつもの問題が重層し、一つの困難が派生的な困難を生みだし、絡み合って、人を追い込む。

 省庁との関連で見れば、人の健康と命に関わる問題であるから厚生労働省が中心となるのは当然だ。しかし、自死があったときに最初に調べるのは警察であるから、警察庁も外せない。小中高校生や大学生の自死を防ぐには、文部科学省も加わる必要がある。経済問題や職場の問題もあるから、それに関わる部局も参加しなければならない…。そう考えていくと、多くの省庁・部局にまたがる課題であるから、内閣府が統括したのは、ごく自然な成り行きだった。

 ところが16年4月1日、自死対策の主管は厚労省に移る。内閣府では駄目な理由があったのか。17年の自殺対策白書の特集記事「自殺対策の10年とこれから」が、移管の理由を説明している。

 長いので要約すると、今後は地域における自死対策に重点を移すので、自治体の保健・福祉部局やハローワークとの連携が重要となり、これらの現場と関係が深い厚労省に移管するのが適切―という理屈だ。

 しかし、白書自身がこの前段で、内閣府を主管とする体制を「着実に成果を出してきた」と評価している。その指揮体制を変更する理由としては説得力を欠く。

 ■移管後は減少鈍化~増加

  例えば、21年版の自殺対策白書は「わが国における若い世代の自殺は深刻な状況にある」と問題意識を鮮明にする。続きを読む。

 「年代別の死因順位をみると、15~39歳の各年代の死因の第1位は自殺となっており、男女別にみると、男性では15~44歳において死因順位の第1位が自殺となっており、女性でも10~29歳で死因の第1位が自殺となっている。こうした状況は国際的にみても深刻であり、若い世代(10歳代および20歳代)で死因の第1位が自殺となっているのは、先進国(G7)では日本のみである」

 文体のひどさには目をつぶろう。若い人たちが生きる希望を失い、自ら死を選ぶ国。いつからそんな国になってしまったのか。しかも、未来ある若者の自死は、周囲にいる人が彼らに託した希望や願いをも打ち砕く。

県立岡山操山高。野球部マネジャーだった男子生徒が自死したのは当時の監督の叱責が原因とする第三者調査委の報告書が公表されたのは、自死から8年以上過ぎた21年3月だった

 中高生や大学生の年代では学校生活の比重が大きいから、そこで何らかの問題が生じている可能性は高い。だとすれば、厚労省と自治体の保健・福祉部局のラインでなく、文科省や教育委員会、学校現場が危機意識を持って、取り組まなければならない。

 自死に関わるそれぞれの課題の重要性や緊急性を見極め、ヒト・モノ・カネを適切に配分して対策を立案・実行していくことは、各省庁と横並びの関係にある厚労省には難しい。前述した通り、各省庁より一段高い立場の内閣府が主管し、首相の強いリーダーシップで対策を推し進める体制が必要である。

 それだけが原因ではないだろうが、内閣府が主管していた最後の年、15年の自殺者数は約2万4千人まで減ったが、厚労省移管後は減少が鈍化し、一度も2万人を切ることがないまま、20年には約2万1千人と増加に転じた。21年は微減だが、なお2万1千人台である。

 ■改組虚しく実績急落

 自死に関する調査研究体制も、2度にわたって不可解な転換を遂げている。

 基本法が成立した06年から、国の調査研究の中心となってきたのは、国立精神・神経医療研究センターに設置された自殺予防総合対策センター(略称CSP)であった。迷走する自死対策の(上)で述べた自死についての臨床的研究「心理学的剖検」を担ったのが、このCSPである。

 詳述は避けるが、CSPはこうした研究のほかに、国内の関係諸団体やWHOとの連携も積極的に進め、少ないスタッフ・予算で成果を上げてきた。しかし、なぜか15年にCSPの業務に関する検討チームが厚労省に設置される、

 検討チームの報告書は①学際的な活動ができていない②自治体に実務的な支援をしていない―といった批判もあるとして、組織を見直すよう提言した。

 これを受けてCSPは16年、自殺総合対策推進センター(JSSC)に改組され、心理学的剖検は中止された。

 ところが、このJSSCが中心となった調査研究体制はわずか4年で終焉を迎える。今度はCSP改組のときのような検討チームの設置といった手続きすらなかった。19年に自死対策の多くを民間団体に事実上、丸投げする法律が成立したからだ。

 もっとも、JSSCがお払い箱になるのには、それなりの理由があったと言えなくもない。学問の世界で「原著論文」と呼ばれる独自研究の発表は、前身のCSPが10年間で214本だったのに対し、スタッフを充実させたはずのJSSCは4年間でわずか14本にすぎない。

 年平均で比べても、6分の1である。しかもJSSCの原著論文14本のうち6本は、JSSC自身が発行する雑誌での発表であるから、いわばお手盛りである。

 先行研究を分析する「総説」と呼ばれる論文も、CSPの411本に対し、JSSCは25本にとどまる。

 ■なぜ期間を定めないのか

 自死対策の多くを民間に委託する新法に基づいて今年2月、JSSCに代わる形で「調査研究等指定法人」に決まったのは、設立から間もない法人だった。これについては、いささか心配な点がある。

 その一つは、厚労省が指定したのが公益法人や独立行政法人ではなく、一般社団法人であったことだ。公益性の高い自死対策には、公平性や透明性、高い倫理性が求められる。営利の追求も許される一般社団法人で大丈夫なのだろうか。設立から間もないので、実績にも乏しい。

 二つ目は、この委託で厚労省が期間を定めなかった点である。例えば、公設の博物館や図書館などを運営する民間の指定管理者は、一定期間で契約を満了する。設置者側は再び公募の手続きをとることで、業務に対する評価を反映させ、競争原理を導入している。逆に言えば、受託者は常に競争の圧力を受け、緊張感を持って事業に当たることになる。

自殺防止に取り組むNPO法人を視察する菅首相(当時、中央)と田村厚労相(当時、右)=2021年3月30日(代表撮影)

 本来、自死対策が目指すべきは、追い込まれた末の自死を大きく減少させ、できればゼロにすることだ。その段階では対策が不要になる。期間の定めのない契約は、そのような目標を最初から放棄し、自死対策の永続性を前提にしていると見えなくもない。

 この国の自死対策が迷走しているのはなぜなのか。日々、追い込まれ、希望を失っていく人たちに、手を差し伸べることができているのか。不安が募る。

警察統計頼みの“1本足打法” 迷走する国の自殺対策(上)

https://www.47news.jp/national/novel_coronavirus/7549734.html

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