親子で「出来る方法を探す」 野球未経験の母が“万能女子選手”を育てる方法

「草加ボーイズ」で副主将を務める北村絵菜さん【写真:川村虎大】

「草加ボーイズ」で副主将の北村絵菜さんは注目の女子プレーヤー

今年、小学6年生になる北村絵菜さんは、埼玉・草加市の軟式少年野球チーム「草加ボーイズ」で副主将を務めている。打撃では他の男子よりも打球を飛ばし、捕手としても素早い二塁送球を見せる。将来の夢は女子プロ野球選手と整形外科医。そのため、平日は自主練習を欠かさない他、勉強する時間もしっかりと確保している。前編ではその素顔を紹介したが、今回は社会人野球出身の父と未経験者の母による明るく、そして一生懸命な“環境作り”について。親子の距離感を取材した。

絵菜さんが母・文子さんに「ママ~、ティー上げて~」とお願いすると、「やろうか!」とボールを握って、トス上げを始める。同じリズムで、そして正確。打ちやすいところにボールを投げる。その愛情のこもった球は痛烈な打球となって、50球、100球と打ち返された。そして一緒にボール集めをして一緒に打撃の課題について、話しあっていた。

これはある日の野球室内練習場での一コマ。子どもたちが気軽に使える都内のこの場所に週に2~3回、親子で通っている。母が練習に付き合うのは、絵菜さんが野球を始めた小学1年生のころからの習慣となっている。未経験のスポーツと5年間、身を寄せることは簡単なことではない。側から見ていると、文子さんも「野球経験者なのでは?」と思えてくる。

当初は技術も体格も男子に劣る絵菜さんを「何とかしなければ」という思いからのスタートだった。練習していると次第に「一緒に練習するのは、今しか出来ないと思うんです」という気持ちにもなった。子は成長とともに親離れしたり、チームの練習が長くなったりと1人の時間が多くなり、機会が減っていく可能性がある。「今の私にできることをやろう」と前向きにとらえていった。

家では一緒にプロ野球選手の動画を見て「なぜこの練習をやるのか、どのような効果があるのか」を明確にしてから練習に取りかかるようにした。文子さん自身も野球を学ぶだけでなく「正解は何かを探すことで考える力を養うことができるのではないか」と効果を期待するようにもなった。最近では、オリックス・山本由伸投手の槍投げ動画、日本ハム・近藤健介外野手の外角低めに投げるトスバッティングに取り組んだ。ただマネをするだけでは危険なため、社会人野球出身の夫・隆幸さんに意見をもらいながら、効果的な練習を探し続けている。

ひとつの“出会い”で娘は勉強の虫になるきっかけとなった

たっぷりと練習もするが、勉強を疎かにすることもない。昨年、絵菜さんの右ひじの怪我が“文武両道”に拍車をかけた。出会った医師の考えから野球の取り組み方に新しい視点が加わったため、医学の道にも進みたいと思うようになった。夢は「整形外科と女子プロ野球選手」という目標を掲げている絵菜さんについて「夢ができてから成長しました」と文子さん。打力も勉強の成績もここ1年で急激に成長した。

一方で、勉強も練習も時間が長くなり、生活リズムが崩れてはいけないと、文子さん自身も空き時間の作り方を考えるようになった。まずは健康にも気を遣いながら時短する方法を模索した。活用したのは炊飯器。「2台買って、おかず用とご飯用に分けています」。火を使わず、学校から帰宅後、室内練習場に向かう前に食材を切り分けタイマーを押す。「煮物がどうしても多くなってしまうんですけどね……」と言って笑うが、帰宅後、すぐに食事が出るようになり、今では、帰宅後も2時間以上を勉強に費やしている。

土日は目一杯、大好きな野球をやらせてあげたい――。ここからは父・隆幸さんの出番だ。隆幸さんは、国士舘高(西東京)、国士舘大を経て社会人野球・JR東日本で2年間プレーした。現在は絵菜さんが所属するチームの監督を務めている。「出来る限り長く野球をやってほしい。嫌いになってしまったら悲しいですから」と“自主性”を重んじた指導をしている。「間違った方向に進んでしまったときだけ、『違うよ』と伝えますね」と、絵菜さんだけでなく、チーム全員へ声をかけている。

チームでも家でも、方針は一貫している。自由な風潮を掲げると人間は「楽な方向に行きがち」になってしまう。そのため、自ら“厳しさ”を追求する人の育成を目指している。言い訳をせずに「『出来ないではなく出来る方法を探しなさい』と伝えています」。絵菜さんにも雨や環境を理由に練習しないのではなく、室内練習場や家でも取り組める練習法など、工夫を凝らすことが大事だと考えている。

「言い訳をさせない」と表現すると“逃げ道”がないように見えてしまうが、優しく、大からかに絵菜さんの成長を見守っている。隆幸さんは、夜勤明けでも、本人が望めば、練習にひたすら付き合う日々。絵菜さんは、今年、NPBのジュニアチームに入り「NPB12球団ジュニアトーナメント」に出場することを目標にしている。「(勉強も練習も)努力しないと、医者もプロ野球選手もなることが難しいから」と理解し、自らを律して努力する。

将来有望な12歳の女子選手の成長には、何事においても「出来ない」と諦めるのではなく、親子で「出来る方法を探す」という北村家の方針があった。(川村虎大 / Kodai Kawamura)

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