山笑う春

 きのうの昼下がり、山際の小さな公園で、数人が花見をしていた。何本かの桜がほぼ満開を迎えている。大半がお年寄りで、若い人が少し。そうか、きっと近所の福祉施設にいる人と職員さんだろうな、と思い当たる▲春は「山笑う」、夏は「山滴(したた)る」、秋は「山粧(よそお)う」、冬は「山眠る」という。昔、中国の郭熙(かくき)という画家が、四季の山々はそのように描くべきだと書いた文に由来するらしい。山際の花見の様子を見ていると、なるほど、春の笑い声が聞こえてくる▲先日は着物姿、スーツ姿の卒業生たちが長崎大の正門から出てくるのを見掛けた。学びやに別れを告げたあとだったのだろう。ここでも春は若い人たちに優しくほほ笑みかけていた▲大学生活の後半2年間は、コロナ禍で人と触れ合う場もぐんと減ったに違いない。仕送りもアルバイトも減り、大学生が過去になく食費を切り詰めているという最近の調査結果もある▲「今が辛抱のしどころ」という時間を、もう長いこと過ごしたからだろう。数人で桜をめでる光景も、卒業生が巣立つ姿も、例年といくらか違って見えた▲江戸の昔の一句がある。〈筆取りて向かへば山の笑ひけり〉。「筆」は絵筆のことだろう。今の世界を見渡せば春うららとはいえないが、春がふっと笑う場面を逃さず心に描き、残したい。(徹)

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