琴海の「せとか」カンボジア輸出 ミカン農家の野中さん “偶然の出会い”で夢実現

「せとか」の輸出が実現した野中さん夫妻(前列)と輸出元の宮下専務=長崎市長浦町

 長崎市琴海形上町、野中果樹園のハウス「せとか」が今月中旬、カンボジアへ向け輸出された。輸出元は同国の富裕層向けに九州のおいしい農産物を出しているマダーレッド(諫早市)。同社との偶然の出会いがきっかけだったが、果樹園代表の野中隆史さん(38)ら家族にとってミカンの輸出は描いてきた夢。「世界中の人に食べてもらいたい」と張り切っている。
 せとかは長崎生まれの品種で、甘みが強く、ジューシーな高級かんきつ類として知られる。野中さんは約40年続くミカン農家の3代目。約3ヘクタールの果樹園があり、温州ミカンや、不知火(しらぬひ)、せとかなどの中晩柑を栽培している。
 今月上旬、西海市西彼町の直売所でせとかを卸していた野中さんの妻麻美さん(32)に、マダーレッドの社員が声を掛けた。この出会いを機に同社の宮下清次郎専務(36)と野中さんは意気投合。自らもミニトマトと米農家の宮下さんは「せとかのおいしさと、野中さんの人柄やミカンにかける思いが伝わってきた」と話す。
 出会いから約10日後には同社が3キロ箱計40箱を買い付け、福岡産の不知火、熊本産メロン、晩白柚(ばんぺいゆ)と共にカンボジアへ渡った。宮下さんによると、せとかは好評ですぐに完売。4月には野中さんの不知火を送る予定だ。
 野中さんは20代の頃に半年間、世界一周の旅を経験している。父康博さん(72)と共に以前からミカンの輸出に興味があったが、検疫の厳しさなどから立ち止まっていた。
 たまたまの出会いに感謝する野中さんは「『食べてくれた方に少しの幸せを』がうちの果樹園のモットー。長崎だけでなく、いろいろな国の人にも食べてほしい」と話す。今後も土壌改良や剪定(せんてい)の仕方などにこだわった、おいしいミカンを作りたいという。

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