暮れなずむ春

 〈♪暮れなずむ町の 光と影の中〉で始まる昔の曲は「贈る言葉」だが、この「暮れなずむ」とは、日が暮れそうでなかなか暮れないこと、暮れかかってから暗くなるまでの時間が長いことを指す▲春の日と、親類の金持ちは「くれそうでくれない」という。「日が暮れる」と「お金をくれる」とを掛けている。昼と夜の長さが同じになる「春分の日」を過ぎ、日脚は一日一日、伸びている▲古人も春の日永(ひなが)に感じ入ったらしい。新古今和歌集に後鳥羽院の歌がある。〈見渡せば山もとかすむ水無瀬川(みなせがわ) 夕べは秋となに思ひけむ〉。夕暮れの趣は秋に限ると、どうして今まで思っていたのだろう、と▲きのうは二十四節気の一つ「清明(せいめい)」で、この時節は日差しも風も草木も、あらゆるものが清らかで生き生きしているとされる。吹く風までもまばゆい「風光る」季節であり、日が暮れなずむのを肌で知る頃でもある▲清らか、のどか、という形容がぴったりくるのとは裏腹に、ウクライナから届く知らせは日増しに硝煙のにおいを濃くしている。数多くの市民の犠牲が報告され、「虐殺」「戦争犯罪」「人間のすることか」とロシアへの非難は日を追って音量を増す▲伸びた日脚が心をのどかに、伸びやかにして「くれそうでくれない」。この春は気分までも暮れなずむ。(徹)

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