サクランボ生産量全国一を誇る山形県東根市に、2021年、規格外や過剰在庫で捨てられるはずだった果物や野菜を集め、インターネット上で販売する会社が誕生した。代表を務めるのは、果樹農家の三男坊で大学生の中川史明さん(21)だ。新型コロナウイルス感染拡大の影響によって夢だった米国留学を中断。くすぶって実家のサクランボ収穫を手伝っていた時、眼前に広がる巨大な「食品ロス」に気付いた。
「持続可能な社会を農業から」と意気込んで起業し、訳あり品から新商品を開発。海外への輸出も果たした。食品を持ち込んだ県内の農家も「捨てられるはずのものでもお客様を笑顔にできた」と喜んでいる。(共同通信=吉岡駿)
▽サクランボ、そんなに捨てちゃうの?
子どもの頃から、日本での勉強に窮屈さを感じていたという中川さん。高校時代に山形県内のベンチャー企業を見学して以来、起業することが夢になった。起業学を学ぼうと、米イリノイ州ノースセントラル大に2019年9月、入学。しかしわずか半年後の20年3月、コロナ感染拡大の影響で、国外退去を強いられた。
実家に戻ったものの、途方に暮れ、大した興味もなくサクランボ収穫を手伝っていた20年6月、廃棄予定のものが山積みになっているのに気が付いた。理由は傷やふぞろい。実家のサクランボの廃棄量は年間約1トン。収穫量の3割にも及ぶ。手に取って口に含むと、変わらずにおいしかった。
身近にあった「食品ロス」問題との出会い。「全てのサクランボに愛情を込めているはずなのに、もったいない」と当時の心境を振り返る。
▽規格外品、メルカリで人気に
農林水産省によると、まだ食べられるのに捨てられてしまう「食品ロス」量は19年度、日本で約570万トン。国民1人あたりで換算すると年間約45キロで、これは1日に茶わん1杯のご飯を捨てている計算になる。加えてコロナで飲食店が休業を強いられ、需要が減少。農作物の大量廃棄に拍車がかかっていた。
ふと、留学中に会った米国の学生たちの姿が思い浮かんだ。彼らは在学中でも積極的に起業していた。「アメリカで学んだビジネスでこの問題を解決できないか」。物は試しと、実家の廃棄予定のサクランボをフリーマーケットアプリ「メルカリ」に出品。翌7月には、山形県を襲った豪雨の影響で傷がついた尾花沢市のスイカを販売した。
すると、11月までの5カ月間でなんと3千件の取引が成立。売り上げは約450万円に上った。「想像以上に需要がある」と確信した。近年、環境問題に配慮した「エシカル消費(倫理的消費)」への意識が高まってきていることも、追い風になったと感じた。
▽訳あり品販売会社を設立、ただ課題も
20年12月、起業に向けてクラウドファンディング(CF)を開始。300人を超える支援者から、約250万円の資金援助を受けた。そして21年3月、ついに「株式会社FARMER’S」を設立。ネット上で注文を受け、農家や仲卸業者から「訳あり」果物や野菜を仕入れて販売する流れを構築した。
つながりは全国に広がり、順調な滑り出しだったが、それでも課題は残った。農作物は受注後に仕入れていたが、この方法では農家の売れ残りを完全になくせない。
そこで参考にしたのが、千葉県市原市の大根農家泉水淑子さん(51)の言葉だ。泉水さんの農場で大根の大量廃棄が問題となっていたことをネットニュースで知り、経験を通したアドバイスをもらうため、会社を設立するにあたってオンラインで話を聞いていた。
泉水さんが力説したのは「規格外品をただ安く売ればいいのではない」ということだった。規格外品に「安い」とのイメージがつくと、比較して規格品に割高さを感じるようになり、売れなくなる。それでは本末転倒で、目標とする農家の収入増にもつながらない。本来は同じ価格で売るべきで、そのためには「廃棄予定のものも工夫を施して、付加価値をつけることが重要」。中川さんの胸に強く響いた。
▽瞬間冷凍で1年保存できる新商品
中川さんは次なるステップに踏み出す。「自分がまず仕入れ、長期間保存できるように加工して販売するのはどうか」
山形県内の加工場と連携し、ブドウやラ・フランスなどに果汁由来の特殊なコーティングをしてマイナス35度で瞬間冷凍。1年以上も保存できる品物を開発した。その名も「Reica―零果―」。
ボール状にするなどして瓶詰めし、東京の百貨店「伊勢丹新宿店」で試験販売した。すると「旬ではない時期の果物を食べられて感動した」「食感が生の果物と違いしゃりしゃりでおいしい」といった感想が寄せられ、評価は上々だった。
手応えを得て、本格販売を目指して再びクラウドファンディングを実施。今年2月21日までに、目標の100万円を大きく上回る約250万円の支援が集まった。香港やシンガポールへの輸出も開始。さらなる海外進出を見据えている。
▽社会の課題解決が「COOL」な米国、日本は?
中川さんの原動力は、米国で抱いた「憧れ」だ。気候問題や人種差別問題など、社会の課題を解決しようとすることは「COOL(格好いい)」との雰囲気がそこにはあった。日本はどうか―。「まだまだそうはなっていないと思う。その風潮を変えたい」と決意を語る。
周囲の期待も大きい。泉水さんは取材に「どんな商品が売れるのか、市場の状況をこれからも研究していってほしい」と背中を押す。「うまくいく事例を多く見つけ、厳しい状況にある農家のサポートをしてくれれば。農業には若者の力が必要だ」
支援者からも「応援しています!」とのメッセージが多数届いている。
中川さんは自信にあふれている。「失敗はちっとも怖くない。もし失敗したら次どうするか考えればいい。そんな気持ちでいたい」
山形県内のある農家が「捨てられるはずのものでもお客様を笑顔にできた」と喜んでいた姿が忘れられない。故郷山形の魅力と果物のポテンシャルの高さを再発見した中川さんは目標を語った。「『廃棄ゼロ』を目指し、地域に貢献する」