職員と利用者の次元超え“親子”に 無機質な社会に挑戦を アンダーグラウンド ルポ 佐世保の今・5

ありとあらゆる人を受け入れている事業所。利用者らの面談などが行われている事業所のカウンセリングルーム=長崎県佐世保市内

 3月中旬。1月から地下シェルターに通っていたケン(19)=仮名=が友人に会うと言って出て行ったきり行方不明になった。心配していると、「警察が捜しているらしい」と事業所に連絡があった。身元引受人が必要になったがケンの家族は断った。「俺がなる」。代表の福田健誠(かつあき)はそう腹をくくった。
 ケンは親族に対して暴力を振るったり、高額な金銭要求を繰り返したりしたことが原因で事業所に保護された。高校は中退。体中に入れ墨があり、知的障害の疑いがあった。
 捜し回ったものの見つからなかったが、やっと1週間後に連絡が付き、ケンが事業所に戻ってきた。
 「私たちのことをどう思ってるの。どれだけみんな心配していたか…」。理事の津田その美が声を震わせた。ケンは「分かります」とうつむいた。津田は「あなたの『分かります』は何回も聞いたよ。どう信用したらいいと?」、福田は「俺たちは大事に思っとるとぞ」と言った。
 さらに津田が続けた。「親から愛されていると感じたことある?」。するとケンは「ないです」と答え、目が潤んだ。それを聞いた福田と津田の目から涙がポロポロとこぼれた。一連のやりとりは職員と利用者の次元を超え、“親子”に見えた。津田たちは、感情的にならないように相手と接することにしているが、ときには感情的に訴えないといけない場面もあるという。
◇ ◇
 津田によると、10代、20代の利用者には、交流サイト(SNS)に絡む問題が多発している。SNSで簡単に知り合い、簡単に関係性を切ることができる。それに慣れてしまった若者に、人との関わりの大切さや関係を修復する努力をする意味を教えるのに苦労している。特に女性は性依存が強く、SNSで出会った男性との子どもを妊娠するケースも少なくない。
 最近は、精神疾患を患う親の子どもや、「半グレ」と呼ばれる不良集団に関わる相談も増えている。警察や自治体、社会福祉協議会などと連携し、なんとか対応している。
 事業所「Mind Factory」の意味は「心の工場」。職員は、利用者本人が精神的にも経済的にも自立できるように関わることを目指す。津田は「関わり方が正しいのかは利用者が答えを出す。怖いと感じることもあるが、この無機質な社会に挑戦したい」と語る。そして、社会に対してこう警鐘を鳴らした。「支援者だけの役割なのか。もっと多くの人に関心を持ってほしい」
◇ ◇ ◇
 難しい問題に対峙(たいじ)する日々だが、うれしい気持ちになることもある。2年ほど前から定期的に相談に乗っていた不登校の高校生がいる。いつも「消えたい」「死にたい」と繰り返していた。先日、この高校生から大学に合格したとの知らせが届いた。
 「毎日、何が起こるか分からない。でも、面白いですよ。人を笑わせたり、明るくしたりするのは。人間って、人と関わっていかないと何も生まれないんだろうなと思う」と福田。歯を見せて笑っていると、また福田の携帯が鳴った。
=敬称略、連載6へ続く=


© 株式会社長崎新聞社