日本は「ゆがんだ教育はびこり、人を性別で選別している」 Jリーグ前理事・佐伯夕利子さんが語るジェンダー、パワハラ問題

インタビューに答えるJリーグの理事を務めた佐伯夕利子さん=2022年3月11日、東京都文京区で撮影

 サッカーのスペイン1部リーグのビリャレアルで下部チームの指揮や育成に長く携わり、Jリーグの理事を務めた佐伯夕利子さん(48)がこのほど共同通信の取材に応じた。競技との出会いや、スポーツ界の文化の違いなど多岐にわたる話題について語る中、日本で女性の社会進出や活躍が進んでいない現状に「私たちは受けた教育から概念が生まれ、価値や基準を持つようになる。残念ながら日本は少しゆがんだ教育がはびこっていて、人を性別で選別することが起きている」と指摘した。(共同通信=星田裕美子、木村督士)

 ▽「顔にボールが当たったりしたらどうするんだ」

 佐伯さんが自身の歩みを振り返る中でふと口にした「私は人との出会いに本当に恵まれてます」という言葉は、彼女とサッカーの出会いにも当てはまるようだ。小学校2年で友人が持ってきて初めて見たサッカーボールに「ものすごく鮮明に覚えている。衝撃的。革でつやつやで、大きくて重たくて。バウンドさせたら音が違う」と魅了された。

 勇気を出して母にボールを買ってもらったが、当時は周りにサッカーをする女子はおらず、毎日1人で蹴っていた。その姿を見かねた近所の女性が地元の少年団にかけ合ってくれたが「女の子の顔にボールが当たったりなんかしたらどうするんだ、誰が責任を取るんだ」と一度は入団を断られた。それでも諦められないその女性が監督を説得し、入団が認められたのは1年後のことだった。

 ▽「この国だったら生きていける」

 父親の転勤に伴って18歳でスペインに渡り「フットボールを科学的に学問として学べる場があると知った時に『これだ』と思った」と一念発起。19歳で指導者を志す。そこが転機だった。同国サッカー協会に「19歳の」「日本人の」「女性でも」講習を受講できるかと電話で聞くと「女性でも受けられるのかという質問の意味が分からない」と言われた。日本で刷り込まれた「女性だから駄目と言われるのが当然」という概念が崩れ「この国だったら生きていける」と感じた瞬間だった。

サッカーのスペイン・アマ3部リーグの監督時代にテレビ局の取材を受ける佐伯夕利子さん=マドリード(共同)

 ▽キャリアを積む中で

 1994年から育成年代、成年男子、女子とスペインで長年指導に携わり、2003年に同3部リーグ初の女性監督となった。一方、日本では男子プロチームの指導資格を持つ女性が極めて少ないこともあり、19~21年に日本フットボールリーグ(JFL)の鈴鹿を率いた、スペイン人女性のミラグロス・マルティネス監督に続く例がない。

JFL鈴鹿アンリミテッドのミラグロス・マルティネス監督(当時)=2019年3月、三重県鈴鹿市

 道を切り開いてきた先駆者は「女性文脈であまり意識が高くない。正直言って。戦うところはそこじゃないかななんて思う」と率直に明かす一方、思考や思想を変える難しさを認めた上で、現状の打開策は二つあると考える。まずは制度面の変更。組織の一定数を女性に割り当てる「クオータ制」導入は「理想的ではないが、人の厚意に委ねて何百年も変わっていないから」と事態を動かす選択肢の一つに挙げた。

 もう一つは外部との交流だ。日本が豊かな国ゆえに意識が外に向きにくいと指摘し「人材を流動させて他と交わらせることで人は成長するが、これが日本はできていない。外に出て行くのも選択肢だが、外から多様性を取り込むことも大事」と、さまざまな価値観が交わることの効能を語った。自身がビリャレアルを休職し、快く送り出された上でJリーグの常勤理事を務めていたという事実を踏まえると、その言葉はより重みを増す。

 ▽欧州に負けないJリーグの魅力

 Jリーグでは非常勤の特任理事の2年間を経て、20年に常勤の理事に就任。新型コロナウイルスの影響で、リモートで業務をこなしてきたことにも前向きに「決してオンラインが全て悪ではなかった。逆に言うとすごくいいツールだった」と関係構築の上での有用性を強調しながら総括した。

サッカーJ1で横浜Mに勝利し、手拍子で選手を祝福するG大阪のサポーターら=2021年11月3日、横浜市の日産スタジアム

 欧州サッカーの本場スペインを知るからこそ、気付くJリーグの価値がある。退任時のあいさつでも、欧州のスタジアムでは危険な思想と隣り合わせの雰囲気があり、女性や子どもが気軽に楽しめない側面があると証言。それと比べてJリーグの誇るべき良さを挙げつつ「優しい、安全で、温かくて幸せなスタジアム周りの雰囲気みたいなものは、Jリーグは絶対に守るべきだと思う」と願った。「リスペクトが持てて、行きたいと思わせるのはJリーグのスタジアム」と欧州に負けない魅力に太鼓判を押した。

 ▽ハラスメントとの決別宣言

 経験に裏打ちされた直言は、日本のスポーツ現場におけるハラスメント事例にも及んだ。1月には湘南、東京V、鳥栖とJリーグでここ3年に起きたパワーハラスメントについてリーグ公式のインターネット投稿サイトを通じて「スポーツ現場におけるハラスメントとの決別宣言」と題する手記を寄せた。取材でもあらためて「本当にひどい事案」と振り返った。

 「最近私がよく思うのは、なんでこんなに病んでいる人が日本には多いんだろうかということ」と疑問を投げかける。「病でしかない。人をそんなふうに罵倒したり叱責したり、殴ったりするなんて。そんなことができる状態自体が既に普通ではないはず」と憤る。

 ▽感情軽視をやめる

 ハラスメントの横行には、日本文化の中で子どもを抱きしめる回数が少ないことが背景にあるのではと推察。「お父さん、お母さん、もっと小っちゃいときから抱きしめてくださいと思う。やっぱり日本の子たちは抱きしめられていない」と呼び掛けつつ「私たちの文化って感情軽視ですよね」と指摘。感情的になるばかりではいけないことも理解した上で、理性や理屈で抑圧されている日本人が多いと感じるとし「指導者がもっともっと感情を大事にしてあげないといけないと思う」とスポーツ界に提言した。

佐伯夕利子さん

 スペインではリスペクトの概念が浸透していることから「よしあしの判断ができる」と文化の違いにも言及。Jリーグであったようなパワハラは「絶対数から言ったら圧倒的に少ないし、あったとしてもこんなにひどい話はやっぱりない。許容されてそのまま何となく見過ごされるということは、そもそも社会が許さないので起こらない」と現地の事情を述べた。

 翻って日本では、成長過程でハラスメントに関する教育を受けることがほとんどない。「概念がないから『あの厳しい指導のおかげでここまで来られました』という被害者がたくさんいる。良しあしの判断がぶれている」と断じた。

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 佐伯 夕利子(さえき・ゆりこ) 1973年テヘラン生まれ。18歳で渡ったスペインで指導者を志すようになり、1994年から育成年代を皮切りに指導。2003年には男子3部リーグのプエルタ・ボニータで指揮。アトレチコ・マドリード、バレンシアで役職を歴任し、08年にビリャレアルのスタッフとなった。Jリーグでは18年に特任理事となり、20年に就任した常勤理事を22年3月に退任した。

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