島唯一の民宿切り盛り 川上一代子さん(73)=松浦市星鹿町青島= 夫の言葉が転機に すみ住み生活誌 境界で暮らす人々・5

「島を離れようと思ったことはない」とふるさとへの思いを語る川上さん=松浦市星鹿町青島

 長崎県松浦市星鹿町沖の伊万里湾に浮かぶ青島。周囲約10キロの島には88世帯192人(3月31日現在)が暮らす。過疎化、高齢化が進む中、鮮魚や近海で捕れた魚のすり身と塩だけで作る名物の「青島かまぼこ」などの水産加工品で地域を活性化させようと、2016年に設立した島民全員が社員となった社団法人「青島○(まる)」の取り組みでも知られる。

 そんな青島で一軒しかない民宿を経営するのが川上一代子(いよこ)さん(73)。青島生まれの青島育ち。22歳の時に、幼なじみで一つ年上の達宣(たつのり)さんと結婚。一男三女の子宝にも恵まれた。結婚当初は液化石油ガス(LPG)運搬船に乗っていた夫もやがて島に戻り、漁師だった義父と一緒にハマチやマダイの養殖業を始めた。
 だが、一代子さんが37歳の時、作業中の事故で達宣さんが突然帰らぬ人となった。「この島にも人が気軽に寄れる場所があればいいのになあ」。夫が生前話していた言葉が、ずっと心に残っていた。そして、この言葉が一代子さんの転機へとつながる。1995年、宿泊施設がなかった青島に食堂兼民宿「川上」を開業。今は長女の千晶(ちあき)さん(47)が一緒に切り盛りしてくれている。
 毎日開けているという食堂には仕事を終えた漁師さんや近所のお母さんたちが来て、一代子さんを囲み、ゆっくり世間話をする場所にもなっている。「漁師さんからその日捕れたタコや魚などのおすそ分けもある」と笑う。
 民宿には最大で25人が宿泊できる。松浦市は農林漁業を中心とする体験プログラムを組み入れた修学旅行や農漁村民泊が盛ん。一代子さんの民宿でも年間約30校の修学旅行生を受け入れた年もある。
 海を眺める部屋からは、離島ならではの静かでゆったりした時間が流れる。青島で捕れた魚介類など四季折々の食材を生かした料理も宿の自慢。「ごちそうではないけど、島の食材で勝負したい。お客さんには自分の実家に帰ってきた感覚で過ごしてもらいたい」というのが一代子さんのおもてなしのモットーだ。
 ただ、コロナ禍でここ2年間は修学旅行客や体験プログラムで島を訪れる人はめっきり減った。「早くコロナが収束して、また多くの人に島に来てほしい」と一代子さん。「離島の不便さはあるが、島の人たちは皆顔なじみで家族のようなもの。島を離れようと思ったことは一度もない」とふるさとへの熱い思いを語った。 


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