戦時中に墜落「五竜号」搭乗員の孫ら 慰霊碑訪れ追悼、式典も 諫早

慰霊碑の前で手を合わせる田中さん(手前)ら=諫早市、五家原岳山中

 戦時中、輸送機「五竜号」に搭乗し、長崎県諫早市高来町の五家原岳山中で墜落死した軍人の孫や関係者が11日、墜落現場付近に建立された慰霊碑を訪れ、追悼。平和への思いを胸に刻んだ。12日は地元の寺院で慰霊祭が営まれた。
 地元住民でつくり、慰霊祭を主催した「あけぼの会」によると、大日本航空(当時)所属だった「五竜号」は1944年2月12日、3機編隊で台湾から福岡の飛行場へ向かう途中、視界不良の中で機位を失い、山中に激突したと推測されている。機長ら乗員5人と、任務で乗り組んでいた旧陸軍の軍人7人が死亡。現場付近には68年、慰霊碑が建立された。
 墜落現場を訪れたのは、須田重蔵大佐=福島県出身=の孫、田中麻子さん(58)=東京都=。同会メンバーと献花し、手を合わせた田中さんは「戦争は絶対に駄目だと教わってきたのに、いつしか平和ぼけしていた自分がいた。ロシアのウクライナ侵攻で平和の大切さ、ありがたさを感じる。(世の中の)みんなで知恵を絞って平和を守らなければならないと、改めて思った」と話した。
 同会は2019年以降、当時を知る人の聞き取り調査や墜落現場周辺での機体残骸回収などに取り組み、12日の慰霊祭で五竜号に関する活動に一区切りを付けた。約50人が参列した慰霊祭会場には、これまでに回収した機体の破片などとみられる約120点を展示。回収品の取り扱いについては今後、検討する。同会の吉田壽博会長(70)は「慰霊碑までの案内板も設置した。平和について考えるきっかけにしてもらえたらうれしい」と話した。


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