五月の空へ

 ウクライナの子どもの犠牲や孤児のニュースに触れ、35年前に亡くなった旧福江市生まれの詩人入江昭三さんを思いだした▲戦時中、日本の勢力下にあった中国の街などで暮らしたが、米軍の空襲で家も学校も焼かれ機銃掃射に追われた。終戦で難民収容所に入ったが母と幼い妹を亡くし孤児に。12歳で引き揚げ船に乗り、やがて被爆地長崎にたどり着く▲「飢餓と彷徨(ほうこう)と修羅の砂漠に/渺茫(びょうぼう)と流れるものは何か/大地を貫き/極北に向う星影の歴史の終焉(しゅうえん)はいつか」(不帰河(ふきがわ))。戦争を繰り返す人間の愚かさを突く作品は数多い▲先の大戦で日本の孤児は12万人超。戦争は弱者から犠牲にしていく。そして今も-。侵攻から3カ月がたつ。どうすれば終わるのか。私たちは日々繰り広げられる圧倒的暴力を新聞やテレビ、ウェブで確かめながら暮らしている▲本日の本紙9面「ペンシル 詩の世界」は、雲仙市の吉田美和子さん作「五月の空へ」。漂う無力感とともに黄と青の国旗が意味するもの、そして天に祈る日常をつづった。吉田さんは入江さんが主宰した詩誌「子午線」を継いでいる▲むなしさは募る。それでも戦争について語り合ったり文章を書いたり、なにか表現してみなければ小さな波紋さえ生まれない。入江さんもそう信じて書き続けたのかもしれない。(貴)

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