ネット中傷、また

 大正の終わりに生まれた詩人の茨木のり子さんは生前、ワープロにもインターネットにも縁がなかったらしい。〈けれど格別支障もない/そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの〉。「時代おくれ」という一編を残した▲詩は続く。〈電話ひとつだって/…盗聴も自由とか/便利なものはたいてい不快な副作用をともなう〉。振り込め詐欺のように、電話一つにも副作用が絶えることはない▲時代とともに、あらぬ作用をもたらす物も、その不快さも変わる。スマートフォンやパソコンという〈便利なもの〉の副作用、つまりネット上の中傷もまた、絶え間ない▲つい最近も、行政から多額の給付金が誤って振り込まれ、受け取った人物が逮捕された一件で、「間違って振り込んだのは…」と、ある町職員の氏名や顔写真がネットで広まった▲その情報は誤りだったが、そもそも内容が正しいかどうかを問わず、氏名や顔が公にさらされるいわれはない。あやふやな情報をかざし、「不正を暴く」と思い込みの“正義”をかざせば、言葉は「言刃(ことば)」に一変する▲姿を潜めた暗がりから、出し抜けに人を矢で射るような仕業を「正義」とは呼ばない。〈そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの〉。悲しいかな、問い掛けは今に通じる。(徹)


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