ファジアーノ岡山が、今季のJ2リーグを掻きまわすダークホースとなっている。
クラブが初めてJ2へ昇格したのは2009年のこと。2016年には6位に入りJ1昇格プレーオフに参戦したものの決勝で敗戦。昇格も降格もないまま「J2在籍14年目」を迎えている。
そんなチームを誰よりも近くから観て来たのは、岡山県在住の『DAZN』Jリーグ中継ピッチサイドリポーターの加戸英佳さんだ。
妹に元女子日本代表DF加戸由佳選手(吉備国際大学Charme岡山高梁)を持つ加戸さん。
2017年にリポーターとしてデビューして以降、現地からチームの状況を詳細に伝えてくれるそのストイックぶりはサポーター間でも評判となっている。
今回はそんな加戸さんにお話を伺い、様々なエピソードから岡山、そしてJ2の楽しみ方を紹介してもらった。
“詳し過ぎる”DAZNリポーター
――早速なんですがファジアーノ岡山の“現在”をご紹介いただけますか?
就任3年目の有馬賢二前監督(現・サンフレッチェ広島コーチ)の集大成だった昨季の前半、ファジ(ファジアーノ岡山の略)は守備にまわる時間が長くて苦しい試合が続いていたんです。
大きく変わったのは、FWミッチェル・デューク選手とMF石毛秀樹選手(現ガンバ大阪)が加入した夏以降ですね。前線にボールが収まることで落ち着いて攻撃する時間が作れるようになり、終盤戦は12戦無敗(6勝6分)を記録するなど負ける気がしないチームになりました。
ただ、去年はリーグで2番目に少ない36失点と守備が堅い負けないチームでありながら、42試合で40得点と得点力の部分で勝ち切れませんでした。
そこで木山隆之監督が就任した今年は攻撃陣の層を厚くして、[4-3-3]や[4-2-3-1]など両サイドにウイングを置く攻撃にシフトしたチームになってきています。
――個人技の塊のようなチアゴ・アウべス選手のインパクトは強烈ですね。
私も興奮しました。ただ、その最初のインパクトが強過ぎてチアゴ選手が警戒され、現在は対策を練られたために苦しんでいます。チームとしても怪我人が多く出てしまって踏ん張りどころですね。
それでもデューク選手が最前線で踏ん張ってボールを収め、今年の売りである2列目の選手の特徴で得点は獲れています。デューク選手は清水エスパルス時代にウイングバックでもプレーするなどサイドのイメージが強いと思うのですが、ファジではセンターフォワードとして替えが利かない存在です。
今年は主力の半数以上が新加入選手というチーム編成の段階から今までにはないシーズンになっています。特に今までファジには外国籍選手が少なかったのですが、今年は5人も在籍していて全選手が活躍しています。
ちなみに、私は去年まで2年在籍されたパウリーニョ選手(松本山雅)は完全に日本人だと思って接していました(笑)。
――センターバック(以下、CB)にもヨルディ・バイス、柳育崇と田中マルクス闘莉王さんのような得点力のある選手が揃いましたね。
デューク選手もいますし、ターゲットになる選手が増えましたね。全25得点中12ゴールと半分を占めるほど、セットプレーが強みになっています。
――3年ぶりJ1参入プレーオフの復活で以前のような大混戦なJ2が戻ってきています。
今年はGWの頃までは横浜FCが無敗で独走していたんですけど、急に勝てなくてなった同時期、逆にファジは3連勝もあって一気に順位を上げました。
その後は連敗もあってJ2独特の難しさを感じているところですね。なかなか勝点を伸ばせない。でも2連勝すれば一気に上位へ上がれる。今までもそういうシーズンが多かったんですけど、今年は例年以上に大混戦です。
――そんな中、今年のファジにはプレーオフ圏内の6位以内を期待できるのでは?
今年はクラブとしても『絶対にJ1へ行く』と明言しています。
また、ファジは2016年にプレーオフ決勝まで行きながら惜しくもJ1昇格を逃したチームで、木山監督もこれまで率いたジェフ千葉や愛媛FC、モンテディオ山形をプレーオフにまで導いてきた経験がありながら、未だJ1昇格は勝ち取れていません。
チームも監督も似たような悔しい経験をしているだけに、昇格へ期する気持ちは同じです。是非、クラブ史上初のJ1昇格を見届けたい!そして、J1昇格インタビューをしたいと思います!
上門、井上、一森…「個人昇格」していった選手の共通項
――J1とは違う“J2の楽しみ方”というのも教えていただきたいです。
J2にはまだまだ無名でも色んな才能を持った選手がたくさんいて、J1へ個人昇格していく選手も年々多くなっています。
だから、ファン心理として自分でその原石となる選手を見つけて、推していた選手がJ1や日本代表、海外クラブへと羽搏いていく。育成ゲームをリアルな世界で体験できるのがJ2を観る楽しみだと思います。
『あの選手、J2の時から知ってるよ』とか言えると楽しいじゃないですか!
その個人昇格した選手に対して、『彼はJ2が育てた』と、なぜか全然違うチームを応援しているサポーターさんまで自慢気に話す感じが良いんですよ(笑)。
――ファジから個人昇格した選手も多いです。加戸さんは去年のGWの頃から加入1年目だったCB井上黎生選手に『絶対にJ1でやっていける選手』と推されていましたね。
彼は昨年J3のガイナーレ鳥取から加入した時から他の選手と雰囲気が違っていたんです。
『スピードも高さもないのがコンプレックスだったんですけど、だからこそ、相手の動きを予測してポジショニングをとったり、先読みしてボールを奪えるように自分を磨いて来た』と話されていました。
実際にシーズンが始まってからはその通りに相手の攻撃を最後にブロックするのがいつも井上選手でしたから。
ファジでは1シーズンのみの在籍だったんですけど、CBながらフルタイム出場も達成して、今年からJ1の京都サンガF.C.でプレーしています。
京都では最初は出番が与えられなかった中、本職ではなくアンカー(守備的MF)で起用され始めてビックリしました。アンカーは予測や判断力が問われるポジションなので、今お話しした時のことを思い返してみたら、納得の抜擢だと思いました。
彼はとにかく成長意欲の塊で、自ら監督や周囲の選手に相談を持ち掛けて、どんどん新しいことを吸収して成長していく選手なんです。
また、彼にはスペイン人の祖母ちゃんがいるのもあってスペイン留学の経験もあるので、『いつかはスペインでプレーしたい』ともお話されていました。いつか実現するんじゃないかなって思います。
――上門選手は昨年のJ2で13得点も凄いですけど、シュートの本数が日本人で断トツのトップである101本という数字が際立っていました。(日本人2位は68本の中山仁斗[水戸ホーリーホック→ベガルタ仙台])
上門選手の持ち味は何と言ってもミドルシュートを始めとするキックのパワーや精度です。
でも、ファジでは得点数が伸びずに悩んでいたところ、有馬監督に『それだけではやっていけないよ』と諭されて、相手のDFライン背後への抜け出しを習得するなど得点のバリエーションを増やす努力を重ねていたんです。
今年からC大阪に移籍しましたけど、第4節の清水エスパルス戦で決めたJ1初得点がまさにその背後への抜け出しからのゴールだったので、なぜか自分のことのように嬉しかったです。
私は上門選手の無回転で落ちるドライブシュートが好きなので蹴り方を教えてもらったことがあったんです。
『親指の爪先に力を入れてボールの下側を振り抜く』って言っていて、でも、『この蹴り方だと足首を怪我するから真似しないように。この蹴り方は足首を柔らかくするところから始めてください』って注意されましたね。
実際、彼の足首はグニャグニャに曲がるくらい凄く柔らかいんですよ。
――そんな上門選手は有馬監督が退任される際にすごく泣いていたと伺いました。
2人には今お話したような色んな積み重ねがあったんだと思います。去年のシーズンが終わって最後の取材の際、私は上門選手にインタビューしていたんですけど、有馬監督が他のメディアの取材を受けられていたんですね。
私の取材が先に終わったので上門選手と一緒に有馬監督の最後の取材模様を見ていて、『有馬さんのこと大好きだったんで・・寂しい』って言っていて。もし有馬監督が続投だったら残留していたかもしれないって言えるくらい特別な師弟関係だったと思います。
――個人昇格した選手では、ガンバ大阪のGK一森純選手が遂にJ1デビューしましたね!
東口順昭選手の牙城が高くてなかなか試合に出れず、2年目に怪我で長期離脱してからの今年の第6節・名古屋グランパス戦でのJ1初出場。勝利した試合終了直後のあの涙、思わずもらい泣きしてしまいました。
その後も続けて先発出場して第11節の札幌戦ではPKセーブ。その試合から3試合連続完封。めちゃくちゃ嬉しかったですよ!
ファジにいた時からビッグセーブ連発で「神森」って言われていましたし、足下も巧い選手なので楽しみです。彼はレノファ山口でJFL時代からプレーしていて、仕事とサッカーを両立しながら頑張ってきた選手なんです。
そういう苦労も知っているからこそ、支えてくれている周囲の人達への感謝を忘れない選手なので、応援したくなるんですよね。(その後、残念ながら一森選手の負傷による再離脱が発表)
今挙げた3選手はみんなJFLやJ3でプレーしていた選手たちです。個人昇格って言うと、『俺が俺が』と自己主張が強いイメージがあると思うんですけど、実は全くそうではなくて、むしろ謙虚なところが共通しているんです。
“答え”がないフラッシュインタビュー
――リポーターのお仕事となると取材対象の多くが監督になると思います。
上門選手のように有馬監督から色んなお話を伺って来た私は、退任されたのがショックでした。大好きだったので今年からコーチをされている広島の試合をよく観るぐらいです。
有馬監督はファジの監督に就任する前、U15からU17に相当する育成年代の日本代表監督をされていて、鹿島アントラーズの荒木遼太郎選手、サガン鳥栖の中野伸哉選手やモンテディオ山形の半田陸選手など現在Jリーグで注目を浴びる選手を呼んで指導されていました。
上門選手とのやり取りなども一例で、何よりも選手のことを真剣に考えている人なので、選手個々の育成にも長けた方だと思います。
そして、試合後のインタビューでサポーターさんへのメッセージをいただく時、それまでは厳しい表情をしていても一気に和やかな笑顔を見せる姿が素敵なんです。
それを私は1人で間近で聞いてるので嬉しくなりました。あれは私に向けて言ってるんだって勝手に思っていて、思わずキュンとしてしまいます(笑)。
――今季就任された木山監督とはどうですか?
その有馬さんと現在の木山監督は現役時代に札幌で一緒にプレーされていて、その頃からお互いに[きーやん]、[ケンちゃん]と呼び合うほど仲の良いお2人なんです。
だから勝手に親近感が湧いて、木山監督の取材がスムーズになりました。木山監督には私が質問すると、『どう思う?』と逆質問されることも多いので、頭をフル回転させながらの取材は今までになく楽しいですよ。
私が何事に関しても深堀したいのもあって、『具体的に』っていう言葉をよく使ってるんですけど、『具体的にって好きだよね?』ってツッコミを入れてくるようなフランクな一面も持つ方ですね。
アウェイ戦で他のリポーターさんが『具体的に』っていう言葉を入れて質問されたことがあった時、木山監督が『具体的にってよく言われるんですけど』と前置きをしたことがあって・・『あっ・・私だ』って思っちゃいましたね(笑)。
『これで分かる?俺、ちゃんと具体的に言えてる?』と完全にネタのようになってますけど、いつも良い雰囲気のなかでお話いただいています。
サッカー大好きな私は当初、選手インタビューが好きだったんですけど、今は監督との話のやり取りが毎回楽しくて、それが好きでよく練習場まで取材に行ってますね。
――外国籍監督の場合はどんな感じなのですか?
現在J1の浦和レッズを率いるリカルド・ロドリゲス監督には徳島ヴォルティス時代にインタビューさせていただきました。リカルド監督は外国籍監督の中では1番クールで落ち着いている印象です。
昨年まで2年、新潟を指揮されたFC東京のアルベル・プッチ・オルトネダ監督は登録名が『アルベルト』だったんですが、『アルベルって呼ぶとすごく喜びますよ』と広報さんから伺って、『アルベル監督』と呼ぶとメチャクチャ良い反応をしていただきました。
インタビューも終始和やかな雰囲気で、最後に『移籍市場が閉まりましたけど、来年からウチのリポーターに来てください』とオファーもいただきました(笑)。
この2人のスペイン人監督さんも現在はJ1のクラブで指揮されているので、個人昇格は今や選手だけでなく監督にもあるのがJ2の実情です。
――リポーターさんにとって試合終了直後のフラッシュインタビューは、ゴール前の場面のようなものです。”決定力”が問われますが、良いインタビューをするために心掛けていることは?
まず、担当が決まったらファジの対戦相手の試合を直近3試合分は観て、メンバーやフォーメーションの変化、得点パターンなどを整理して情報として用意します。
それと同時にインタビューの部分を注視して他のリポーターさんの質問も研究します。『この選手はこういう質問をすると、こういう表情をしたり、聞かれたくないのかな?』という具合に選手や監督さんの特徴を把握するように努めています。
――手応えを感じたインタビューはありますか?
インタビューには正解がないんです。何を質問しても、『はい、そうですね』としか返って来ず、明らかに怒っている監督の表情を見せるだけなのが正解である場合もあります。
そもそもサッカー自体にも“答え”がないと思います。同じプレーでも監督さんによっても違いますし、チーム状況によっても捉え方が全く異なる場合も出てくると思います。
私はインタビュー対象となる相手、チーム状況によって質問の内容や聞き方を変えるようにしています。質問自体は自分で感じた部分をつけ加えるようにはしていますが、なるべくシンプルに聞くように気をつけています。
だからこそ、練習場に伺って普段からしっかりとコミュニケーションをとって関係性を作っておくことが大事だと思います。選手達は練習場で試合のための練習をしているように、それが私にとっても試合のための練習なのかもしれませんね。
それでも終わってからはいつも、『あの時、他のことを聞いたら良かった』、『もう少し踏み込んだら良かった』などと反省の毎日ですね。
ファジと共にJ1昇格へ
――――最近は妹の由佳選手が所属する吉備国際大学Charmeのお仕事もされています。インタビューという部分でJリーガーと女子選手では違いますか?
全く違います。
先日も担当していた試合で初めてゴールを決めた4年生の選手のインタビューがあったんですけど、ゴールを決めたあとに運営をしている学生さんたちから『今日、あの子の彼氏が来てるんです』って言われて。
ご本人の了承をもらってですけど、彼氏のことに触れるっていう斬新なインタビューをしました。
――学生時代は青山学院大学サッカー部のマネージャーをされていました。現在も横浜FCでプレーする武田英二郎選手とは同期です。対戦した相手に印象的な選手もいたのでは?
武田選手のことはずっと“英ちゃん”って呼んでいるんですけど、今年はもう岡山VS横浜FCは終わってしまって。私は担当じゃなく、まさかの英ちゃんもメンバー外でしたけど、いつか英ちゃんのインタビューをしたいなって思います。
大学時代は、明治大学にいたFC東京の長友佑都選手ですね。青学の攻撃が長友選手がいるエリアだけ全く突破できなくて、長友選手だけが1.5倍速の世界でプレーしている感じでした。
すでに年代別の日本代表にも選出されていたので、みんな『あれが長友か』と感心していました。私も先輩と一緒に出待ちして握手していただいたこともありますね。世界的な選手の誕生を間近で見ることができました。
――それでは最後にリポーターとして今後の目標をお願いいたします。
実は昨年までの2年間は岡山県開催の試合は全て担当して来たんですが、今シーズンは外れる試合もあります。
でも、私もサポーターの1人なので、久しぶりにプライベートでスタンドから観戦しました。そしたら、純粋に試合を楽しめましたし、周りから聞こえて来る話し声から『この選手はこう見られてるんだ?』など色んな発見もありました。
サポーターの方々から『いつも楽しんで観てるよ!今日は担当じゃないの?』などと声をかけていただけるのも嬉しかったんです。競争の激しい世界ですが、だからこそ、1試合1試合をしっかりと担当していきたいですね。
また、ラジオのディレクターが『DAZN』の中継をご覧になられていたご縁もあって、現在はプロバスケットボールBリーグに所属するトライフープ岡山さんのラジオ番組も担当することができています。こんなに素敵な経験をさせていただいて、サッカーには感謝してもしきれません。
今後はもっとサッカーに関わるお仕事をしていきたいです。岡山県外の試合も担当したいと考えているんですが、まだ私にはJ1の経験がありません。
だから、今の目標は『ファジと共にJ1昇格』です! そして代表活動の期間だからこそ、サッカーファンの方々にはJ2を楽しんでいただきたいです。
【プロフィール】加戸英佳(かど ひでか)岡山県出身。
中学時代はバスケットボールの国体強化指定選手となるほどの腕前だったが、小学生時代に静岡県で2年間を過ごし、妹・由佳選手がどんどん上達する姿を見ていくうちに高校・大学とサッカー部マネージャーを経験。先輩に連れられてユース年代の試合を何度も現地観戦するほどのサッカーフリークに。青山学院大学卒業後、秘書として就職するも「本当にしたいことは何か?」と考え、未経験ながらアナウンサー事務所に登録。現場で様々な経験を培う中、サッカーへの愛情をアピールし続け、2017年よりJリーグ中継のリポーターとして活躍。解説者顔負けのストイックさが好評を得ている。