ベンチャーキャピタリストは優良スタートアップをどう見極めているのか

岸田文雄首相が2022年5月にロンドンで行った講演の中で、「スタートアップ投資」に取り組んでいく方針を掲げましたが、企業価値が10億ドルを超える「ユニコーン」と呼ばれる、世界を変革するようなスタートアップは、どのように生まれてきたのでしょうか?

そこでスタートアップの聖地・シリコンバレーのベンチャーキャピタリスト、アリ・タマセブ氏の著書『スーパーファウンダーズ 優れた起業家の条件』(渡会 圭子氏訳、すばる舎)より、一部を抜粋・編集して優れたスタートアップを見極めている方法を紹介します。


いかに優れた企業に投資するか

マーク・ザッカーバーグがジャン・コウムに初めて電話したのは、2020年春のことだった。ザッカーバーグはコウムのメッセージ・アプリ、ワッツアップの噂を聞いていた。当時ワッツアップは恐ろしいほどのスピードで成長していた。ザッカーバーグはある提案を持ちかけようとしていたのだ。フェイスブックがワッツアップを買いたい、と。

コウムはヤフーでインフラストラクチャ・エンジニアとして何年も働いていたので、巨大企業で働くとはどういうことかよく知っていた。実を言えば、彼と共同創業者のブライアン・アクトンは、2007年にフェイスブックに応募していたが入社できなかった。そのころコウムがワッツアップのアイデアを思いついた。自分がいまある状況―「ジムに来てる」「バッテリー切れそう」―を仲間のサークルにシェアするアプリだ。

これは最初それほどヒットしなかった。しかし2009年、アップルがiPhoneでアプリの通知機能を始めると、人々はワッツアップを使って、自分がいま何をしているか大量のメッセージを送るようになった。コウムはそれを見て、すばやくメッセージ用コンポーネントをつくった。その後、ワッツアップのユーザーは25万人にまで増えた。

このアプリの天井知らずの成長に、ザッカーバーグは目をつけた。コーヒーを飲みながら、彼はコウムに買収を提案し……コウムは断った。ワッツアップは始まったばかりだ。コウムとアクトンは自分たちの会社を手放したくはなかった。

しかし同社の買収を考えていたのはフェイスブックだけではなかった。ザッカーバーグが電話をする前から、ベンチャーキャピタリストたちはワッツアップを新星として注目していた。2009年12月にワッツアップが写真を送れるようiPhone用アプリをアップデートすると、ダウンロード数が急増した。セコイア・キャピタルのパートナーであるジム・ゲッツのような投資家から見ても、増え続けるメッセージング分野の中にあってワッツアップは突出していたのだ。

ゲッツはスタンフォード大学でコンピュータ・サイエンスの修士号を取得し、1996年にソフトウェア会社を設立した。2004年にセコイアに入社し、企業向けプロダクトとモバイル事業を中心に出資していた。ゲッツがコウムとアクトンに目をつけるまで、彼は12のメッセージング分野の企業(ピンガー、タンゴ、ベルーガなど)と会っていたが、ワッツアップは他と違うと感じた。

「私はアドモブ(AdMob モバイル広告企業でグーグルに買収された)に関わっていて、アプリの会社がそれを使って消費者になんとかして自分たちのプロダクトを知らせようとするのを見てきました。でもワッツアップは広告をまったく使っていなかった。なのにどの国でもすぐ目につきました。それで新しいビジネスモデルが生まれていると気づいたんです」と彼は言った。何か月もコウムとアクトンを追いかけ、ゲッツはようやく彼らと会う約束を取りつけ、出資を申し出た。

コウムとアクトンはすでにシード・ラウンドで、何人かの元ヤフー社員から25万ドルを調達していた。しかしVCからの出資は応急処置くらいに思っていた。それでもゲッツは粘った。自分は戦略アドバイザーになり、ワッツアップを大企業になる手助けをすると請け合った。そして最終的に、コウムとアクトンはセコイアから800万ドルの出資を受けることに同意した。

2013年、ワッツアップのユーザーが2億人、スタッフが50人に達したあと、コウムとアクトンはさらに5000万ドルをセコイアから―保険として―受け取ることにした。資金調達ラウンドでのワッツアップの評価額は15億ドルだった。フェイスブックがワッツアップを190億ドルという、史上最大レベルの額で買収したとき、ずっとワッツアップに投資し何十億ドルも儲けたVCはセコイアだけだった。

起業家が投資家を追いかけて、なんとか接触して売り込みのプレゼンをする、そして何百回も断られるという話はよく聞く。しかしときには、逆のことが起こる。のちに数十億ドル規模に成長するスタートアップに、投資家のほうから近づいた例はたくさんある。

ゲッツのような一流の投資家でも、下手に出なければならないことがある。 ベンチマークのビル・ガーリーは、彼のほうからカトリーナ・レイクに連絡を取って、スティッチ・フィックスへの出資を願い出た。アンドリーセン・ホロウィッツのピーター・レヴィンも同じようにギットハブに金を差し出した。

エンジェル投資家のペジマン・ノザドがセコイアにドロップボックスのことを話したとき、マイク・モリッツ―ヤフーやグーグルに投資した伝説の投資家―は、土曜日に創業者のアパートに行って話を聞いた。実は日曜に契約することも珍しくない。それはなぜか?

10億ドル達成企業の多くは、資金調達ラウンドの始めから目立つ存在で、VCたちはそこに投資するチャンスを我こそつかもうと互いに争っているからだ。

VCファンドの投資へのリターンは幅があることが多い。トップクラスのVCファンドは桁違いのリターンを生むが、平均的なVCではそうはいかない。

2009年のVCファンドのうち、株式市場(S&P500)より高いリターンを生んだのはトップ5パーセントだった。しかし中間のファンドのリターンはS&P500と同等か、下回っていた。

1つ例をあげると、ブルームバーグがセコイア・キャピタルの2本のファンドリターンが10倍を超えていたことを明らかにしている。

アリ・タマセブ 著、渡会圭子 訳

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GAFA後も続々誕生している、ズーム、インスタカート、ペイパル、ネスト、カイト・ファーマ、ギットハブなど10億ドル達成したスタートアップ企業の創業者、またフェイスブック、エアビーアンドビー、ドアダッシュ、リンクトイン、ストライプなどへの出資者であるピーター・ティール、イラッド・ギル、投資企業のセコイア・キャピタル、ファウンダーズ・ファンドなどへの独占的インタビューも収録。
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